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《連載小説》BE MY BABY 第七話:インディアン・サマー

第六話 目次 第八話 

 それから照山と美月玲奈は空いた時間を見つけて会うようになった。ただ会うと言っても美月は人気俳優で、照山もブレイク寸前のカリスマロックミュージシャンであったから、デートの時間などたやすく時間など取れるはずもなかった。だが二人はそれでも会いたかった。二人の恋は年中無休の二十四時間営業だった。30分でもいい、いや10分でもいい、開いた時間を無理矢理見つけて互いのいる場所へ駆けつけた。そんなに毎日逢いたいなら同棲でもすればいいじゃないかと事情を知らない人は言うかもしれない。

 だが美月は人気女優であり、大事なドラマの主演を控えていて、事務所からスキャンダルだけは絶対に避けるようにキツく注意されていたので、同棲どころか事務所に照山との交際を報告することさえできなかった。しかし恋の道をひた走る美月にとってはドラマなんかより照山のほうが遥かに大事であっただろう。彼女は照山が一緒に住もうと一言言ってくれれば事務所をやめてでも彼のもとへ向かったに違いない。だがその肝心の照山は少年丸出しであり、同棲どころかまともな男女関係にさえ踏み込めなかった。彼は美月と逢っている間も彼女の視線の意味さえ気づかずにただ無言で美月を見つめ返すだけだった。

 照山と美月はこのようにデートを重ねていたが、デート中はほとんど美月が喋っていた。彼女は自分の近況や、照山の気を引こうと彼に向かって今聴いてるアーチストや、今読んでいる本のことを喋った。彼女は照山がはにかみながら相槌を打つと喜んで話を続けた。彼女は自分ばかりではなく照山の話が聞きたいと思い、たびたび彼に話を振った。しかし話を振られても精神的に少年である照山は口ごもってしまいまともに話すことなど出来なかった。彼はそんな時いつも「こうして君といられるだけで幸せだ」とか言ってそれっきり口を閉じてしまうのだった。美月は当然照山と一緒にいるだけで幸せだったが、もっと彼の声が聞きたかった。その頑なに閉じた唇を緩ませたかった。

 照山もまた美月とあった後いつも彼女に対して自分がろくに喋れなかったことを悔いていた。だから彼はせめてものお詫びに美月と別れて家に帰るとすぐに美月にLINEをして自分が今日聴いていた曲を並べて君の心に捧ぐとメッセージを書き、さらに熱い文章で美月への決して変わることのない愛の言葉を綴った。美月はその言葉に感激して照山に負けんばかり熱い愛の言葉で返信した。その中で美月は照山が特におすすめするロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』を聴きたがった。彼は君の事務所にCDを送るからと聴いてくれと書き、早速郵便で『ビー・マイ・ベイビー』だけではなく自分の好きな曲が入ったCDをまるごと彼女の事務所に送った。

 これは照山の恋であり、また狂気であった。美月は事務所に照山からの郵便が届いたか確認するとすぐに自分の家に届けさせ、いざ荷物が届くとCDの山の中から『ビー・マイ・ベイビー』を取り出して聴いた。そして長い感想をLINEで照山に送ったのだが、その中で彼女は『この曲を聴いてると照山くんと一つになっている気がする。いや違う。気がするじゃなくて一つになっていることが確かめられるの』と書いていた。ああ!美月もまた恋の狂気に侵されてしまったのだ。この青春の光と影を全て味わい尽くした女が肌さえ触れ合っていない男にここまで夢中になるとは。

 しかしこうして二人で会って過ごす時間はじきに終わろうとしていた。美月のドラマのクランクインの日は近づき、照山もまた全国ツアーの準備に入らなければならなかった。二人はそれでもいつものように会ったが、その時照山が珍しく口を開き美月に対してドラマのことを色々と質問した。美月はすぐに照山の意図を察して、今度のドラマは女の子の友情がメインでラブストーリーじゃないから照山くんが心配するようなことはなにもないからと彼を安心させようとした。しかし照山はいつもの寡黙さを放り出し不安げな表情で自分の気持を語るのだった。

「僕は不安なんだよ!たとえドラマでも君が誰かに抱かれていることに耐えられない!そんなものを見たら僕の心臓は張り裂けて無残にも飛び散ってしまうよ!」

「大丈夫よ!照山くん。私事務所に言ってあるから。今後キスシーンやベッドシーンは絶対にしないって!」

 そしてLINEではもっと赤裸々なやり取りが繰り広げられた。照山は毎日君が他の男に抱かれて眠っている夢を見ると具体的なシチュエーションを書き連ね。そして僕の不安を消し去るためにドラマを降板してくれと懇願した。美月は必死に照山を宥め、『さっき言った事をここに誓うわ。照山君のために二度とキスやベッドシーンはしないから』とあらためて誓いを立てたのだった。

 一方美月もまた同様の不安を抱えていた。彼女は自分が照山の忌み嫌う芸能人であることに負い目を抱き、照山が全国ツアーに旅立ってしまったら、ツアー先の地方で純朴な乙女と恋に落ちてしまうんじゃないかという妄想が頭をもたげるようになってしまったのだ。やけになった美月はLINEで照山に私なんか捨ててもいいからと書くと照山はすぐさま返信をして美月に言うのだった。

『君は何を考えているんだ。僕が君を捨てる訳ないじゃないか!どこへ行っても僕の魂は君と共にある!』


 こうして二人の恋は不安からくる苛立ちのあまり度々諍いを起こしながらも続いていた。しかし後から考えて見るとこの時の二人はまだ幸せであった。二人にとってこの時期は一種のインディアン・サマーであった。照山はこの時期LINEで美月に向かってドアーズの『インディアン・サマー』の魅力を熱く語ったことがある。もう少しこのまま二人でいたい。いや、いっそ時間が止まってしまえばいい。二人は近づく冬の到来を前にして逢う度にそう呟いた。しかしこのとき二人はやがて来る未来について何も予想していなかっただろう。運命とは常に残酷に人を弄ぶ。それは照山と美月のような真実の愛に結ばれた恋人たちも例外ではないのだ。

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