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欠陥品

 私は自分自身が欠陥品であることに薄々気がついていたし、それに気がついたのも何も最近ということでもない。いつから、と言われれば、産まれたときから、というのが正確かもしれないけれど、気づいたに、かかるものはもういまさらわからなかった。

 別に、人付き合いがまったくできていないわけではない。仕事におけるコミュニケート、コミュニケーションはそれなりにできていると思うし、冗談も言えば笑い合うことだってできる。

 けれど、それは少しずつ学んできたことに変わりなく、私はいまだに、人、というものがわからない。人そのものもわからないし、感情なんてもってのほか。何を考えているの? 何を感じているの? なんで、みんなそんなふうにできるのか。不思議でならない。

 根本的に協調性がないことに気づいたのも、いつのことであったろう。誰かと、一緒の仕事ができないのだ。すべて、ひとりで行ってしまう。もしくは、すべてお願いしたくなる。どちらか、だ。極端なことこの上ない。けれど、私には、そうすることしかできない。

「考えすぎなんだよ」

 唯一と言っていい気のおける友人はそう言うと、大きく伸びをする。この寒空の下、ベンチに座って話しをするのはなかなかなものだ。
 今にも雪が降りてきそうな灰色の空がその容貌からいかにも冷えを感じさせるが、空気が安定している分、体感的には思うほど冷えを感じない気もする。そろそろ、雪が降ってくるのだろう。

「うーん……」

 納得のいかない私の様子に呆れることもなく、

「誰もがみんな、完璧なんてことはないーーなんて言葉もありきたりでつまらないけれど、ありきたりだからこそ、そんなもんなんじゃないかなぁ」

 まあ、そもそもそんなふうに悩んだり、病んだり、落ちたりするのがあんたなんだろうけれど。

 私の目を見て、にやっ、としている。私はまた、うーん、とだけつぶやく。

「納得いかないよね。それでいいんじゃない? 納得いってたら、あんたじゃないよ」

「そんなんでいいのかなぁ……」
 
 泡のように消えていく声が私の耳にさえうっすらとしか響いていない。それでも友人はそれを拾い上げてくれたらしい。

「欠陥品なんでしょう? 納得いってたら、欠陥品じゃないよ。それって、改善の余地もないんだから、すくいようもないし。欠陥品だから、こうしてみよう、って気持ちも芽生えるんでしょう?」

 その響きにすら納得のいかないものもあったし、やっぱりいつものように「うーん」としか返せなかったけれど、腑に落ちないこともなかった。

 そんな私の様子に満足気にほほえむと、友人はベンチから立ち上がった。

「私なんかより、あんたのほうがよっぽど人のことを考えてるよ。知ろうとしてる。誰だってそこまで考えないからさ。ま、欠陥品同士、仲良くやってこう」

 雪が降りてきた。少しずつ ひらり ゆらり 落ちてきた。ゆっくり、ゆっくり。

 友人は雪に気づいて天に向かって手を伸ばす。灰色の空からまっしろなふわふわが舞い降りてくる。夜のうちに、すべては雪で埋め尽くされるだろうか。すべて白く染めて、浄化されたように、無垢なる心に誰それの闇が曝け出されるだろうか。

 そんなふうにして、心が見えるとは思えない。

 私は私なりに、いつだってそんなことは思っている。みんなの心がわからなくったってーーいや、わかる人なんてそもそもいない、って、思っている。そうやって自分を落ちつかせている。

 そう、思っていてなお、なぜ、私はそんなことばかり考えてしまうのだろう。

「これは、積もるかねぇ。本格的になる前に帰ろうか」

 友人は楽しげな笑みを浮かべながら私のほうに戻ってくる。そうだね、と立ち上がると、空を見上げた。

 私は、落ちてくる白い心を見つめながら立ち尽くすーーうちに、目尻のあたりに雪が触れ、そっと、こぼれていくのを、感じた。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。