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30秒で読める小説 / 古今東西の「愛してる」

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古今東西の「愛してる」シリーズをまとめています。
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古今東西の「愛してる」:最愛

古今東西の「愛してる」:最愛

「愛してる」

平均的なルックスとそれなりの稼ぎを持つ男が、指輪を取り出そうとしている。

緊張のせいでぎこちなく動く大きな体躯。

その様子を眺めながら、昨日の夜を思い出す。

顔も覚えていない男の低く艷やかな声が、脳内を駆け回る。

「愛してる」

最も愛すると書いて、最愛。

私の最愛はどこだ。

古今東西の「愛してる」:毎日

古今東西の「愛してる」:毎日

奇異の目で見られながら、毎日他愛のない話をしに行った。

どさくさに紛れて、この気持ちも伝えてた。

「愛してる」

「そんな事言われたの初めて。うれしい。」

そう言って今日もバイバイする。

この病室のベッドの上で、一晩経つと彼女は今日の事を忘れてしまう、そういう病らしい。

それじゃあ、また明日。

古今東西の「愛してる」:銀行強盗

古今東西の「愛してる」:銀行強盗

銀行強盗の現場に遭遇するとは思ってもみなかった。

覆面を被った男たちに指示されるがまま、妻と私は他の客と人質になった。

銃を向けられた行員が袋にお金を詰めている最中、

「最後になるかもしれないから」

と妻が小さな声で語りかける。

「愛してる」

この出来事を笑って話せる今が愛おしい。

古今東西の「愛してる」:孤独

古今東西の「愛してる」:孤独

「ピンポーン」

深夜のコンビニに、私の入店を知らせる合図が響く。

機械的だが、私が存在していることを教えてくれる。

家に着き買ってきた牛乳を器に注ぐと、暗闇に潜んでいた猫がスッと寄ってきて舐め始める。

「愛してる」

私の様子を窺う彼女のあどけない目線も、私の存在を証明してくれている。

古今東西の「愛してる」:変態

古今東西の「愛してる」:変態

父は変態だ。

「こっちのが絶対いいよ!」

ストリーミング系音楽サービスを見せながら息子が言う。

病室のベッドで父は、その提案を笑顔で断る。

「いろんなの聞けるのに」

息子の言い分はもっともだ。

でも私は知っている。

父の聴くカセットテープには、

「愛してる」

と囁く亡き母の声が残されていることを。

古今東西の「愛してる」:5がつ26にち くもり

古今東西の「愛してる」:5がつ26にち くもり

きょうはパパといちにちあそんだ。

ひさしぶりにあったから、いろんなところへつれてってもらった。

ソフトクリームおいしかった。

ウサギさんはかわいかった。

ばいばいするとき、きょうもパパは

「あいしてる」

といってくれた。

ママは、パパにあうとなんだかこわくなる。

つぎはいつパパにあえるのかなあ。

古今東西の「愛してる」:曇天に赤

古今東西の「愛してる」:曇天に赤

私の心と同じくらいどんよりした空だ。

澱んだ街を歩いていると、突然大声が聞こえた。

振り向くと、赤色の花束を差し出している男性が。

「愛してる」

顔を抑えながら頷く女性。

日本人の男なんかにゃあんなの無理だろうなと思いながら、その恋熱に当てられた私は、つい喧嘩中の彼氏に連絡をしてしまう。

古今東西の「愛してる」:マット

古今東西の「愛してる」:マット

バスケ部の掛け声でいつもは騒々しいこの体育館も、終業式の後は静寂に包まれている。

汗の匂いが充満した仄暗い体育倉庫の中、濃紺色の制服とよれたジャケットが使い古されたマットに擦れる。

「愛してる」

「ああ」

親と子ほど年の離れた僕らに、恐ろしいほど世間は冷たい。

だから隠れて温め合うのだ。

【考】台詞の存在の仕方について

【考】台詞の存在の仕方について

台詞の在り方は、実に不安定で脆いものだと思います。

例えば、言葉を覚えたばかりの女の子が、無垢な表情で言うたどたどしい「ありがとう」と、選抜予選で敗れ目を潤ませた高校球児が、応援に来てくれた学友に向けて言う「ありがとう」と、病室のベッドの上で、死期迫る夫が妻に優しく言う「ありがとう」では、その在り方は全く違う。

同じ言葉であっても、誰が、いつ、どんな場所で、誰に対して、どのような声色で、表情で

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古今東西の「愛してる」:待つ

古今東西の「愛してる」:待つ

「ただま〜」

酔っぱらいの声が玄関に響く。

同居人が帰ってきたみたいだ。

「遅くなってごめん〜」

スリッパの音がパタパタと近づいてくる。

会いたくてたまらなかったのか、扉が開いた瞬間、飛びついてしまった。

「愛してる」

「もう、そんな吠えないでよ。今ドッグフード出すから」

ペットの心、親知らず。

古今東西の「愛してる」:下水道

古今東西の「愛してる」:下水道

日付が変わり、新しい年の開幕だ。

世界中が浮かれ狂っているまさに今、私たちは静かに、愛を確かめ合っている。

「愛してる」

壁に反射する花火の音に混ざって、妻の汚れない囁きが聞こえた。

この薄暗い下水道に暮らす私たちでも愛の存在を体感しているのだ。

地上のほうは、さぞ愛に満ち満ちているんだろう。

古今東西の「愛してる」:体育館裏

古今東西の「愛してる」:体育館裏

放課後の体育館裏で向かい合う2人の高校生。

呼び出された女は堂々とした態度で尋ねる。

「話って?」

「えっと...」

緊張した声しか出ない男。

沈黙が時間を奪う。

「愛してる」

「...重いよ」

「えっ」

「いきなり愛してるは重い。20年後ぐらいにまた聞かせて」

女の朗らかな笑い声が新緑の間を舞う。

古今東西の「愛してる」:苦手

古今東西の「愛してる」:苦手

言葉は、届ける相手がいて初めて価値が生まれると思う。

俺は昔から感情表現が苦手だった。

そんな俺のことを妻も理解してくれてるはずだ。

病院から突然報せが来たのは、金婚式の5日前。

駆けつけた先にいたのは、動かない妻だった。

「愛してる」

もう届くことのないこの言葉に、価値は無いのだろうか。

古今東西の「愛してる」:違い

古今東西の「愛してる」:違い

二人が一緒に暮らし始めてからだいぶ経つ。

そろそろ結婚を、と考える女に、煮え切らない態度の男。

「ねぇ私のこと好き?」

「好きだよ」

そう言う男の視線はテレビから離れない。

「愛してる?」

女の不機嫌な声色を察した男は、好きと愛の違いはなんだろうと考えながら

「愛してる」

と仮初めの音を出す。