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少女A伝

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短編小説集です。
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#短編

こんな女の子になってしまった

女性は誰でも一度はお姫様ごっこをしたことがあるのではないだろうか。
面白いことに、そこで選ぶお姫様の傾向は、大人になった時にどんな人生を歩んでいるかに直結していることが多い。

オーロラ姫を好んだあの子は、注目を浴びるのが好きで恋人を絶やさなかった。
シンデレラをよく選んでいた友人は、健気な素振りを見せつつも恋愛には計算高い女性へ変貌した。

それでは私はどうだったか。
私の憧れのお姫様。
それは

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初恋の呪縛

冬空のしたでフォーレのヴァイオリンソナタ2番2楽章を聴いていると、中学2年生の冬のことを思い出す。
とてもとても大好きな人がいて、でもその人にはもう半年も会っていなくて、連絡先も知らなければ、彼は私が自分を好いているということさえも知らなかった。
何一つとして伝達手段を持たなかった私ができたことは、夜空を見上げ、彼への気持ちを星に託すことだけだった。

彼と私はセックスなんてしなかった。
身体を使

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外圧に負けない体づくり

「お手洗いに行こう」
休み時間になると、花からそう声をかけられるのが憂鬱だった。
だからチャイムが鳴るとすぐに図書館に逃げ込む。

身体の帯びる水分なんて大した量ではない。紙の束に囲まれていると、行き場をなくしていた感情が音もなく吸い込まれるのを感じる。柔らかく黄ばんだ紙をめくるたび、指先から移った水分が紙を柔らかくたわめていき、紙は深く呼吸をするように伸び上がる。
陶器の冷たい便器に排泄するより

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失恋は石鹸の香り

私の学校にやってきたその教育実習生が、学年中の男子の好意をひっ攫うまでに要したのは、ほんの数日のことだった。

「音楽の教育実習生、可愛いよな」
「あんな姉ちゃん欲しい」
「いや、彼女になって欲しいよ俺は」
「授業は下手だけどな」
野球部の賑やかな奴らはそう言って、いつもの如く意味もなく大声で笑う。その度に、彼らから湿った砂埃の臭いが漂ってくる。
彼らの発する野卑た空気が私は苦手だ。休み時間に

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線路は見えなくても続いてる

このあいだ、幼稚園の頃から知っている男友達からいきなりメッセンジャーで連絡が来た。

「さっき君のことを地元の駅で見かけたよ。帰国していたんだね。ますます綺麗になったと思った」
20年の歳月は、鼻垂れ小僧が女性の機嫌を取れるようになるほどには、長い。
「あら、口が上手くなったわね。見かけたのなら声かけてよ」
「なんか険しい顔で書類を読んでいるようだったから声かけなかった。でも、本当に美しくなったよ

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つつじの道

「気付いていないだけで、君の周りにはたくさんの恋心があるのかもしれないね」
この間貰ったその言葉に、胸から喉のあたりが痛くなった。
人の好意に気がつけない鈍感な人間だと言われた気がしたから。
ううん、そうじゃない。
気がつかない振りをしていた。
それで人を傷つけてた。
自分は悪くない。だって私鈍いから。
そんな言い訳をしていた。
人の好意に向き合うことは、とても重たい責任を伴う。ひとつひとつに向き

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クローゼットは異世界への入り口

社交界に私がデビューしたのは、高校一年生の時だった。
日本で一番偏差値の高い高校と言われている(内実は全く違うのだけれど)学校に通う我々は、年に一度、芸術鑑賞教室と称しオペラ鑑賞、歌舞伎鑑賞、文楽鑑賞などに興じていた。

「オペラなんてつまんない」
「文楽とか、寝る」
一般的な高校で囁かれるような否定的な言葉は聴こえない。

「スカラ座、夏休みに聴きに行ったばかりだから、また聴けるなんて幸せだ」

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潮騒の恋人

男は海が七つあることを知らなかった。それなのにこれ程に海に愛されている。

「君の故郷のトーキョーには、海はあるのかい」と彼は尋ねた。
目の前には、彼の生まれ育った小さな街をずっと見守り続けてきた海が、日の名残りを受けて僅かに朱く染まっている。大航海時代、貿易港として栄えた街だ。旧市街の赤みのかかった煉瓦で作られた古い建物は、海に面して所狭しとひしめき合っている。
「あるわよ」と答えながら、東京の

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太陽の恋人

日本だともてはやされる、私の真っ白く透き通った肌は、太陽の光の下ではただの発育不良でしかなかった。
男の指は、涼しい風の吹く木陰で、私の不健康に浮腫んだ脚を、無造作にしかし大切そうに掴む。
男に無造作に扱われることは、女にとっては快楽となる。彼の指はとても力強くしなやかで、そして熱を孕んでいた。彼の腕に組み敷かれることを想像し、私はその抗いがたい誘惑に身を任せようとする。
薄眼を開けて彼の姿を見や

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