太陽の恋人
日本だともてはやされる、私の真っ白く透き通った肌は、太陽の光の下ではただの発育不良でしかなかった。
男の指は、涼しい風の吹く木陰で、私の不健康に浮腫んだ脚を、無造作にしかし大切そうに掴む。
男に無造作に扱われることは、女にとっては快楽となる。彼の指はとても力強くしなやかで、そして熱を孕んでいた。彼の腕に組み敷かれることを想像し、私はその抗いがたい誘惑に身を任せようとする。
薄眼を開けて彼の姿を見やると、それに気がついた彼は「痛くないか」と尋ねてくる。
「痛いけれど気持ちがいい」
と答えると、彼は満足そうに微笑んだ。彼の指は、鞣した革のようにしなやかに私の肌に吸い付き、皮膚の裏側まで潜ってゆく。私はその指に身体を任せ、意識を放棄した。
次に目覚めたのは彼の掌が私の身体から離れた時だった。
ゆっくりと目を開けると彼は私に微笑んでみせた。
「君の身体はとても固いから、1時間じゃほぐしきれなかった。ごめん」
彼の褐色の肌は木陰に溶け、輪郭があやふやになっていた。
「とても気持ちが良かった。もし時間があるのなら、私の滞在しているホテルに来て。もう少しほぐしてもらいたいの」
私がそう言って、持っていたメモ帳の隅に住所と電話番号を書き付けたものを渡すと、彼は困ったように微笑んだ。周りにいた他の男たちは愉快そうにこちらをらを見ていた。
靴を履いて歩き出すと、身体の重心が下に降りていることを感じた。まるで、セックスをした後のように、身体全体が脱力して地面にめり込んでいきそうだ。強い日差しのせいなのか、褐色の肌を持つ男のせいなのか判然としないが、それすらも大したことではないような気がする。
汗をだらだらと垂らしながらポロシャツに汗染みを浮かべ、様々な香りと喧騒の立ちこめる路地を歩くのは、とても恥ずかしい。自分が化学薬品に浸かった人工的な産物に成り果てたような心地になる。きっと私は輪廻から永久に追放された身なのだ。私の身体を業火が焼き尽くしたとしても、その跡には化学薬品の染み込んだ黒い影が残るのだ。
路地から漏れ出た水たまりを飛び越えながら、私は己の身を巣食う様々な由無し事を全て放り投げていく。
冷房の効いた、ホテルの一室で微睡んでいると、いつの間にか寝入ってしまったらしい。携帯の鳴る音が部屋の空気を震わせる。
「ハロー」
私が通話に出ると、受話器の向こう側からは喧騒が流れ込んできた。随分と長く眠っていたらしい。窓の外はすっかり暗くなり、立ちこめた雲には繁華街のネオンが反射して怪しげに光っていた。
「昼間にマッサージをした僕です。今、ホテルの前にいる」
「ちょっと中に入って待ってて。今フロントに迎えに行く」
エレベーターを降りて彼の姿を見た時、私は遣る瀬無いような、もどかしいような、地団駄を踏み大泣きしたいような、そんな想いに駆られた。
洗いすぎて色あせたティーシャツも、裸足の脚を包みこむ無骨なサンダルも、手持ち無沙汰な様子でズボンのポケットに突っ込んだ両手も、全てが煌めいて見える。きっと昼間の太陽の光が消毒をしているのだろう。
彼の身体は、真っ白い糊の効いたシーツの上で雄弁に語った。シーツと肌が擦れるなか私と彼の体温は交換されていく。褐色の肌に窓の外の光が反射して暗く光る。白いシーツがぼうっと、夜の闇に浮かびあがる。
彼の肩をそっと舐めた。遠い国の海の味がした。彼の滑らかな肌に顔を埋め、遠い昔にこの地に存在した先人たちの夢を見た。多層化された世界の底で、私は一つの有機物に成り果てる。
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