「イヴ・サンローラン展 時を越えるスタイル」で美しさの波に溺れる前に知りたかった3つのこと
六本木という東京で最もファッショナブルな街で、ただ今ファッションの展覧会が開催されています。筆者としては待ちに待った「イヴ・サンローラン展 時を越えるスタイル」。大学生の特権をフル活用して平日の真っ昼間に美術館へ足を運んでまいりました!
(日時指定の予約をせずに入れる企画展って、コロナ禍以降は珍しくなりましたね。気が向いた時に、ちょっとした旅に出るように、ふらっと立ち寄れるのが美術館の良さなのになぁ…と個人的には思います。)
さすが六本木。平日の昼間ながら、それぞれのこだわりを感じさせる素敵な秋の装いをした老若男女で賑わっておりました。きっとファッションの展覧会ということもあるでしょう。上の写真のカフェテリアで着物姿の3人のマダムがパンフレットを片手に感想を語り合っている様は、まるで絵の中から出てきたかのように素敵。
筆者がなぜこの「イヴ・サンローラン展」をここまで楽しみにしていたか。それは私が20世紀ファッションに興味を持ち始めた時、ちょうど東京にファッション系展覧会のビッグウェーブが到来していたからなのです。
2022年夏「ガブリエル・シャネル展 MANIFESTE DE MODE」、2022-2023年冬「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ展」「マリー・クワント展」と、20世紀ファッションを語る上では欠かせない、時代を切り開いたデザイナーたちの回顧展が相次いで開催されていました。
そしてイヴ・サンローランは、クリスチャン・ディオールとココ・シャネルの2人をして「彼こそが私の後継者」と言わしめた天才デザイナーなのです。(ちなみにシャネルとディオールはバッチバチ💥のライバル関係)
2人の死後約半世紀にわたりのモード界を牽引し、現代の女性たちのワードローブの基礎を築き上げ、「モードの帝王」と呼ばれたイヴ・サンローラン。彼の死後、初めて日本で開催される大回顧展と聞けば楽しみにせずにはいられませんでした。
さて、準備は万端、思いっ切り楽しむぞ〜!と意気揚々と出かけた筆者でしたが…
お洒落の洪水に溺れ、無念のリタイア
舐めてました。(出オチ)
膨大な数のルック、ドローイング、アクセサリーから舞台芸術まで…あらゆる角度から美のボディブローを喰らった筆者は、なんと途中から頭の中が飽和状態になって、何も入ってこなくなってしまったのです。次から次へ出てくる御馳走の前でもう食べられないよう…という感じです。泣
9月の終わりというまだ暑い時期で、冷房が効きすぎていたのもありました。(スタッフの方に伺ったところ、衣服の保存のために室温は20度前後に調節しているとのことでした)
悲しみの中で図録を購入し(学生にとっては結構大きなお買い物です…‼)、その場を後にしました。図録を読み、次こそは…と唇を噛み拳を握りしめながら。
そして先日、遂に2回目の来館を果たして来ました!素晴らしい展覧会を思う存分味わい尽くすことができ、大満足です。
一方で、1回目の時にこうしておいたらよかったな、これ行く前に頭に入れておけばもっと楽しめたな、と気づくことがたくさんありました。
この記事はこれから「イヴ・サンローラン展」へ行く人がより楽しめるように、行きたいと感じてもらえるように、書いていきたいと思います。
(もちろん美術館の楽しみ方は人それぞれです!)
やっと本題に入ります。
音声ガイドを使うべし
音声ガイド、高いですよね。
でも今回に関しては、私は650円を払って本当に良かったと思っています。
美術館の展覧会の場合、作品は壁に掛けられたり台に置かれたりしていて、そのすぐ横にキャプション(説明)の書かれたプレートが貼ってあるでしょう。
しかし、今回はマネキンが着た「服」こそが作品なのです。色々なアングルから見たいし、刺繍や生地の質感といったディティールに注目したい。
そうなるといちいちキャプションを見て、作品を見て、という作業は疲れるしあまり頭に入ってこないんです。
ですので、目は作品に集中したままの状態で耳から情報を仕入れることができる音声ガイドはとても便利でした。会場全体を見渡しても、絵画の展覧会よりも音声ガイドの使用率は高いと感じました。
なんてったって今回のナビゲーターはツダケンなのですから。
(津田健次郎ファンの方々はぜひボーナストラックをリピしまくりましょう。)
イヴ・サンローランという人について知るべし
何となく見るのはちょっともったいない。ですが、作品の数が膨大すぎて一つ一つを全集中で見ていたら体力が持ちません。なので実際にこの展覧会へ足を踏み込む前に、全体像をざっくりと頭に入れておくことをおすすめします。
展覧会の全体像を掴むのが難しいのは、イヴ・サンローランというデザイナーのキャリアが40年と非常に長かったこと、いくつもの切り口からイヴ・サンローランの作品を取り上げていること、この二つが要因なのではなかろうかと筆者は考えています。
イヴ・サンローランのキャリア
イヴ・サンローランのキャリアについて調べる中で、私が驚いたのは彼の"早熟の天才"ぶりでした。
彼は1936年生まれ。16歳の頃にはペーパードールの中で既に500点を超える服とアクセサリーをデザインし、19歳には国際羊毛事務局のコンクールのドレス部門で1位と3位を受賞。それをきっかけに1955年夏、彼の才能に惚れ込んだクリスチャン・ディオールのアシスタントとして迎えられることになりました。その2年後、ディオールの急死により1955年、イヴ・サンローランは若冠21歳にしてディオールのアーティスティックディレクターに就任することになります。
21歳の青年がディオールという世界的なブランドの看板を背負うことになったのです。
21歳って大学3年、4年生ですよ⁉
彼のコレクションは大成功を収めましたが、経営陣とのそりが合わずに辞任。
1961年、彼は自身の名を関したブランド「イヴ・サンローラン」を立ち上げました。こうして彼の新しい旅の幕が上がることとなったのです!
そして2002年、彼は40年にも及ぶ創作活動に終止符を打ち、2008年に永遠の眠りにつきました。
時を超えるスタイル、込められた美学
ここでは敢えて、一つ一つの作品について解説することはしません。私には語れるほどの知識はありませんし、なによりこれから作品を生で味わう方にネタばらしをするのは野暮なことだと感じるからです。
(ほとんどのフロアで写真撮影は禁止されていました。個人の意見としては、それは良いことだと思います。集中して本物と対峙することができるし、人の流れが滞ったり気遣う必要が生まれたりせず、何よりSNSに上げるための写真を撮るために来るのではなくただ純粋に服を見たい、服が好きだと感じる人々が集まるからです。写真なら図録の方がずっと鮮明ですし。)
40年にも及ぶキャリアの中でイヴ・サンローランは多種多様な作品を生み出していきました。その全てが彼の代表作であり、時代を象徴するアイコンです。ベーシックなもの、奇抜なもの、フランスの職人たちの粋を尽くしたもの、異国の文化を取り入れたもの、ジュエリー、舞台芸術、映画の衣装などなど…
しかしながら、その根本にある彼の美学は一貫していました。
彼自身の言葉から迫ってみましょう。
展覧会の中できっとあなたは、彼の生み出したものは私たちの日常にすっかり溶け込んだものであるということに気づくはずです。私たちは気づかないうちにイヴ・サンローランが生み出したものの中で生きているのです。
時が流れても色褪せることのない、「シンプルで洗練された構造」ゆえのエレガントな装い。このコンセプトは本展覧会の中で繰り返し強調されていたように感じます。
輝かしい才能を持ち、内気で完璧主義で、インドア派だけど書物を通して世界中の文化に興味を持ち、舞台芸術や美術への造詣も深く、常に「自立した、エレガントな女性」のための服をデザインし続けた。
イヴ・サンローランという人を一文でまとめるならば、このようになるでしょうか。
美術ファンへ。オマージュを楽しむべし
展覧会の終盤に「アーティストへのオマージュ」というフロアがあります。もしあなたが近代以降の西洋美術がお好きな方ならば、ぜひこのフロアをゆっくり見てほしいです。
(1回目に来た時は、既に脳内が飽和状態で頭が回らず悔しかった…終盤にもう一つ山場があるぞ、と余力を残しておくことをおすすめします。)
壁一面にディスプレイされた一つ一つの作品には具体的なキャプションはありませんが、「これ、あの作品へのオマージュじゃない…?」と予想してみるのも楽しいですよ。
モンドリアン・ルック
ポスターに使われていたこちらの作品。
抽象絵画の巨匠ピート・モンドリアン《赤、青、黄のコンポジション》へのオマージュです。絵画という平面上に表現された芸術を、衣服という立体へ再構成しています。
ゴッホへ捧げられたジャケット
この作品を見た時、私は既視感(デジャヴ)を覚えました。最近どこかで見た気がするぞ…
あ!新宿のSOMPO美術館でやってた「ゴッホと静物画」展で見た《アイリス》じゃん!
なんという偶然でしょう。このジャケットはまさに《アイリス》と《ひまわり》に捧げられたオマージュだったのです。ゴッホが1888年と1889年に描いた作品が、ちょうど1世紀後の1988年にイヴ・サンローランの手によって動くカンヴァスに変貌したのです。生前絵がほとんど売れず、貧困の中で生涯を閉じたゴッホ。もし彼が、自分の描いた絵が当時史上最も高価なオートクチュール作品に生まれ変わっていることを知ったらどう思っただろうか…?とロマンを掻き立てられる作品でした。ビーズやスパンコールの非常に細やかな刺繍で構成されているにもかかわらず、彼のエネルギッシュで荒々しい筆致が伝わってくるという、なんとも不思議な作品でした。
ちなみに「ゴッホと静物画-伝統から革新へ」はSOMPO美術館で10月17日から2024年1月21日まで開催されます。ぜひ一緒に楽しんでみてくださいね。
ファッションの力とお洒落の喜びを感じよう
私はこの一文にハートを撃ち抜かれました。
私たちがお洒落をするのはなぜでしょう?お気に入りの服を着るとなんだか幸せな気分になるのはなぜでしょう?その答えがここにあると思います。
現代ではファストファッションが主流になり、プチプラな服をワンシーズンごとに買って捨ててという人も多いでしょう。私も服にお金をたくさんかけられるわけではありません。
ですが、この展覧会はイヴ・サンローランがずっと信じ続けた「ファッションが持つ力」と「お洒落をする喜び」に溢れていました。衣服がお金をかけ手間をかけ作られていた時代、美しい芸術品であった時代。
その美学とロマンに思いを馳せながら、私は私なりに自分の身の丈に合った予算の中で、自分なりのこだわりを持って服やアクセサリーを選びたい、そう強く感じました。
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