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兼藤伊太郎

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「無駄」の首謀者、およびオルカパブリッシングの主犯格、兼藤伊太郎による文章。主にショートショート。
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2020年5月の記事一覧

決闘

決闘

 一人の女を奪い合って、二人の男が決闘をすることになった。決着はどちらかが死んだ時である。二人ともその決着に同意したのだった。曰く、「彼女無しに生きていく価値があろうか?」
 これは異例のことであった。この時代、決闘は殺し合いではなかった。たいていの男たちは、どちらかの血液が大地に落ちた瞬間に勝負が決まるという取り決めで闘っていたものだった。恋も命が無ければできない。恋が無ければ生きてはいけない

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人違い

人違い

 街を歩いていると見知らぬ人に声をかけられた。
「久しぶりじゃないか。元気にしていたか?」
 久しぶりもなにも会ったことがない。初対面だ。こちらがきょとんとしていると不思議そうな顔付きで、
「どうかしたか?」と尋ねられた。
「どうかしたか?と聞かれても」といい淀みながら返した。「わたしはあなたを知らない。人違いでしょう」
「おいおい」とその人は言った。「冗談はよしてくれよ。間違えるわけが

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彼の好きなところ三つ

彼の好きなところ三つ

 彼の好きだったところは、三つあって、まずは沈黙が気詰まりではなかったところ。
 その頃わたしは、今よりももうちょっと若くて、まだ学校に通っていて、もうちょっとだけひねくれていたから、愛想笑いなんて絶対しなかったし、頑張って話を盛り上げようともしなかった。頑張ってる男の子を見ると、わたしの気持ちはグッと冷え込んで、こいつなにやってんの、みたいな目付きでそんな男の子を見詰めたものだ。そうすると、その

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君は親友

君は親友

 わたしがこうして仕事で成功をおさめ、大金を稼ぐにいたったのは、ひとえに努力、幼時より一心不乱脇目も振らずに勉強をしてきたからに他ならない。わたしは天才ではない。凡人も凡人、平凡を絵に描いたような人間である。もしもわたしに人よりも卓越したものがあるとしたら、それはこの認識であろう。わたしは凡人である。なかなかこうした事実を受け止めるのは難しい。しかし、事実は事実であり、動かし得ないのだから、その事

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美しい棘

美しい棘

 偉大な王と呼ばれるであろう王であった。父王が崩御するとその後を継ぎ、戴冠したのだった。まず手をつけたのが内政の整備である。汚職の蔓延っていた官僚制を改め、富を臣民たちの不満が無くなるように配分した。治水を行い、灌漑で耕作地を増やした。工業を奨励しそれまでこれといった産業の無かったのを改革し、大学を創って人材の育成に努めた。国は強くなっていった。
 これらは全て領土拡大を行うためだった。内政を整

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足音だけの人

足音だけの人

 あるところに足音だけの人がいた。その人にあるのは足音だけで、足音だけの人には、頭も胴体も腕も足も何もなかった。つまりその人には姿形というものがなかった。口がないので喋ることができないし、耳もないので何かを聞くこともできない。鼻だってないので、花の香りを楽しむなんて無理な話だ。その人にあるのは本当に足音のみだった。
 最初、足音だけの人が現れた時、人々は驚いたし怖がった。コツコツコツ、と足音がし

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催眠術師の愛

催眠術師の愛

 催眠術師は腕利きの催眠術師として有名だった。催眠術師に催眠術をかけられた人間は、「犬になる」と言われれば犬になったし、「猫になる」と言われれば猫になった。馬にも牛にも魚にもできた。魚にしてしまうと、水に入れてやらなければ窒息してしまうので、滅多に魚にしたりはしなかったが。椅子を犬にしたのを見た、と言う者もいた。椅子に催眠術を施すと、四本の脚で駆け回り、椅子の背から吠え声を上げたという。水に催眠術

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黄金の島

黄金の島

 船員たちは漂流した末にその陸地にたどり着いたわけだが、彼らの装備や船を見れば、命があるだけで御の字と分析するのが当を得ているだろう。実際のところ、彼らの大部分は生きて陸地を踏めたことを神に感謝した。船もその積み荷も見事に海の藻屑となってしまったのであり、彼ら自身がそうなっていてもおかしくなかった。
 船員たちは波打ち際に打ち上げられた。波が海岸を洗う音、日差しの温もり。まぶた越しにもわかる強い

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神の涙は世界を浸す

神の涙は世界を浸す

 激しい夕立があったので、たぶん来ると思っていた。夜半過ぎに神様がやって来た。いつも通り、あたしの部屋のドアを、ゆっくり三回ノックする。それで、ドアの向こうにいるのが神様だとわかる。思ったよりも来るのが遅かった。添い寝をしてほしいと言う。 いつもそうだ。
「おいで」
 神様の頬には涙の川の流れた跡があった。神様が一度泣くと、町の一つや二つ簡単に水没してしまう。 一度なんて、世界を水没させたくらい

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波の音が聴こえる

波の音が聴こえる

 学生の頃の恋人にばったり出くわした。先に気付いたのは彼女の方だった。夕暮れ時で、帰宅ラッシュの駅前の、人通りの多い雑踏の中で、よく気付いたものだと変に感心した。 ぼくらは川のように流れる人波の中に立ち止まっていた。
「歩き方で、一目でわかった」と言われて、自分がそんなに特徴的な歩き方をしているのかと気になった。
「違うよ」と彼女は笑った。「そういうんじゃなくて、わかるの」
 会わなくなってか

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冒険が呼んでいる

冒険が呼んでいる

 男は誰かと勘違いされて、それを訂正できぬまま、曖昧な返事を繰り返すうちに、どうやらその勘違いした相手は確信を強めてしまったらしく、そうなるとさらにいまさら前言撤回などできず、ええい、ままよ、と勘違いされた人物を演じ通すことを決意した。
「命が危ないこともあったでしょう?」
「いやいや、そんな大したことは」
「そんなまたご謙遜を。あなたがされた冒険の数々は有名ですよ」
 どうやら男はとある

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猫になりなさい

猫になりなさい

 女は後悔した。男にそんなことを尋ねるべきではなかったのだ。女がそのことを尋ねると、男は口をつぐんだ。まるで口の中に小石を放り込まれたかのように、一言も話さなくなった。あるいは、舌を引き抜かれたかのように。
 女には二の矢の用意があった。「なんで答えないのよ?」そして三の矢「都合が悪くなると、そうやって黙るのよね」
 言ったところで何も変わらない。そんな状態になるのは、最初からわかっていたのだ。

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ただいま。おかえり。

ただいま。おかえり。

 錦を飾るつもりで飛び出したのに、尾羽うち枯らしてフラフラになりながら帰ってくることになるなんて。
 わたしの上京に最後までがんとして反対したのは案の定父だった。父は若い頃から自分の腕一本で稼いできた大工で、頑固で無口ですぐにカッとなって怒鳴って、わたしは父が嫌いだった。クラスメイトの父親たちのような、背広を着ているサラリーマンが父親なら良かったのに、と何度となく思ったものだ。わたしが夢を追って

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思いやりあふれる世界

思いやりあふれる世界

 強い風の吹いた翌日、世界はちょっとした混乱をきたした。鉄道のダイヤに乱れが出たのもそうだし、風で飛ばされた看板に当たって怪我人があったのもそうだ。高速道路でトラックの横転する事故があったし、強風にあおられて転んだ人は沢山いた。中には骨を折った人もいた。ベランダに置いてあった鉢植えが落ちてぐちゃぐちゃになったし、外に干してあった洗濯物はみんな飛ばされてしまった。人々はその後片付けに追われた。交通機

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