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決闘

 一人の女を奪い合って、二人の男が決闘をすることになった。決着はどちらかが死んだ時である。二人ともその決着に同意したのだった。曰く、「彼女無しに生きていく価値があろうか?」
 これは異例のことであった。この時代、決闘は殺し合いではなかった。たいていの男たちは、どちらかの血液が大地に落ちた瞬間に勝負が決まるという取り決めで闘っていたものだった。恋も命が無ければできない。恋が無ければ生きてはいけない、などというのは建前に過ぎない。
 にもかかわらず、この二人の男は命を賭して闘うというのだ。人々は二人の男の女に対する思いの強さをまざまざと見せつけられた。女一人のために命をかけるなんて馬鹿馬鹿しいという者もいたが、世の女性たちは二人の男の勇敢さを誉めそやした。わたしもあんな風に愛されたいと口々に言った。二人の決闘は注目を集めた。どちらが勝つのか、人々は予想を口にしあった。人々は二人の決闘の日を待ち遠しく思った。果たしてどちらが生き残り、愛を手に入れるのか。
 男は後悔していた。どちらかの死が決着であることもそうだし、そもそも決闘することにすら後悔していた。というか、女に好意を持ったこと自体に後悔していた。結局のところ、あれは完全に酔った勢いであったし、何かの弾みであったし、何かの間違いだったのだ、と冷静になった男は思った。それに、相手は相当の剣の達人であるという噂である。男の戦意は萎えてしまった。ところが、人々は決闘の噂で持ちきりなのである。ここでやめるとはとてもではないが言い出せない。もちろん、それなりの覚悟をすれば、あとで巻き起こる非難の嵐に耐えるだけの覚悟があれば、中止にできるかもしれない。しかし、この男にそんな覚悟を望むなどというのは無理な話である。だいたい、そんな覚悟があるならば、いざ決闘となって怖じ気づくわけがない。残念ながら男には覚悟が欠けていた。そうして、どちらにも踏み出せないまま時間だけが過ぎた。刻一刻、決闘は迫って来る。それでも男は覚悟を決められない。
「大地震でも起きないか、隕石が落ちてくるのでもいい」
 天変地異が起きて決闘が流れることを祈る有り様だ。
 もう一人の男も後悔していた。結局のところ、その男は負けず嫌いなだけだったのだ。誰かがいい、つまり、ある男が熱烈に愛している女だからこそ、魅力的に見えただけであるということに、この男は気付いてしまったのだ。どうにかして奪ってやうと躍起になっていただけで、それが手に入るとなると、もちろんこの時点ではまだそうなるかどうかはわからなかったのだが、それが可能性として目の前に提示されると、途端に男は興味を失ってしまったのだ。結局、自分は誰かの欲望を欲望していただけだ。
 女は後悔していた。二人の男をけしかけたのは、二人がどれくらい自分を愛しているかを確かめるためではなかった。二人が自分の思い通りになるということが楽しかっただけだ。別に女はどちらの愛も必要とはしていなかった。女が愛していたのは、自分自身だけだったのだから。
 それでも無情に日々は過ぎていき、決闘の日はやって来るだろう。そして、どちらかが死に、どちらかが生き残り、女の愛を勝ち得、しばらくすると人々はそんな男女がいたことを忘れるだろう。









No.189

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