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美しい棘

 偉大な王と呼ばれるであろう王であった。父王が崩御するとその後を継ぎ、戴冠したのだった。まず手をつけたのが内政の整備である。汚職の蔓延っていた官僚制を改め、富を臣民たちの不満が無くなるように配分した。治水を行い、灌漑で耕作地を増やした。工業を奨励しそれまでこれといった産業の無かったのを改革し、大学を創って人材の育成に努めた。国は強くなっていった。
 これらは全て領土拡大を行うためだった。内政を整えたのち、王は軍備を増強し始めた。装備を新しくし、その序列も改め、家柄でなく、実力こそが昇進の材料になるようにし、切磋琢磨させた。王の軍はたちまち強くなった。そうして、領土拡大のための戦争を開始したのだ。
 よく言えば牧歌的な時代だった。なにしろ適当ないちゃもんをつけて喧嘩を吹っ掛け、それで土地をぶんどっても、これといって非難されることがないような時代だったのだ。国際法や、条約などの細かい網目はまだ存在しなかったのだ。弱肉強食である。ある国が滅びるということは別段珍しいことではなかった。
 そんな時代、王の軍は破竹の勢いで周辺諸国を破り、次々と併合していった。王は先陣を切って戦った。陣頭指揮にあたり、兵たちを鼓舞した。時には傷を負うこともあった。数多の戦場に身を置いた王には、無数の傷痕がのこることになったが、王自身はそれは勲章であると捉えていた。そんな勇ましい王に、誰もが付き従い、勇敢に戦い、そして死んだ。凱旋すれば、多くの国民が英雄たちを出迎えた。軍人が英雄の時代、そして王は英雄の中の英雄だった。
 凱旋パレードの折り、臣民たちの歓声に手を振り応える馬上の王に歩み寄る老婆があった。王の周りには護衛の兵たちが付いていたのだが、彼らは老婆を制止することをしなかった。老婆はそれが自然なことであるかのように、王に近づきそして話し掛けることが自然なことであるかのように、ふるまった。兵たちもまた、それが自然なことであるかのように感じたのかもしれない。
 老婆は王に言った。「あんたはわたしの息子を殺した」
「お前は何者だ?」王は尋ねた。王は殺した人間に数えきれないほど心当たりがあった。王は多くの戦で、多くの敵兵たちを殺してきたのだ。
「いや、わたしも息子もこの国の人間だよ」と老婆は言った。王は意外に感じた。自分の国の人間を殺めたことなどない。「あんたがけしかけたから、息子は戦争に行って、そして死んだんだ」
「あなたの息子さんは勇敢だったのだ」王は言った。「誇るといい」
 老婆はせせら笑った。「臆病者でも生きている方がいいさ」
 王は黙った。
「あんたを呪ってやる」老婆は王の眼を覗き混んだ。「これから先、あんたの身体に傷口ができたのなら、それは二度と塞がることなく血を流し続けるだろう」
 王は鼻で笑った。「それならば」と王は言った。「わたしは無傷で生きることにしよう。戦場に出ないのではない。戦地に身を置きながら、それでもなおかつ無傷でいよう。それでこそ偉大な王である」
 王がそう言い終わるか否か、老婆は姿を消していた。
 それからも、王は有言実行、戦争を繰り返し、その戦場にいたが、かすり傷一つ負わなかった。王は以前にも増して畏敬の念を抱かれることになった。戦わずして相手が降伏することすら増えてきた。王は絶頂にあった。版図は最大になった。国力もそれに従い増していった。
 そんな王であったが、戦と戦の間、宮殿で身を休めているほんのわずかな時間、王妃と庭園を散歩している折りに薔薇の棘で指を突いた。あまりに美しい薔薇の花に思わず手を伸ばし、その棘が王の指先を傷つけた。なんでもない傷だと誰もが、王自身も思ったが、老婆の呪いは真実であったらしく、傷からは血液が流れ続け、王はそれが原因で死んだ。



No.184

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