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2020年3月の記事一覧
どうか祈りが届きますように
老婆は床に就く前に祈りを捧げるのを日課にしていた。夜空に向け、窓辺で祈る姿は、多くの人々が目にしていたから、町にその日課を知らないものはいなかった。人々は夜の町を往来する。あるものは仕事で、あるものは遊びに。その誰もが祈らなかった。祈る暇がないほど忙しかったわけではない。誰一人として、祈りを信じていなかったからだ。
人々は老婆にこう言って嘲笑うのだった。「もしあんたの祈りが神様ってやつに届くの
夜には晴れて星が出るでしょう
「あの、あなたってあの人に似てますよね」と言われれば、誰だってその「あの人」が誰かが気になるところなのに「あの人、あの、なんて言ったっけな。名前が出てこない」となるとさらに気になる。
ヒントではないが、その「あの人」が何をやっている人なのか、例えばスポーツ選手、歌手、俳優、その他諸々だとか、他にも細々とした年齢やらなんやら、あれこれ情報が挙げられるが、いっこうに「あの人」が誰なのか、手掛かりす
灰を固めてダイヤにするの
幼いころから話すのが苦手だった。無口な子どもで、心配した親が医者に診せに行ったほどだ。話さなくても、多くのことはどうにかなった。できる限りのことは自分でやるし、自分の力では及ばないようなことは諦めた。それはいまでも変わらない。注文するのが苦手だから外食はしない。どうしても読みたい本でも棚を探して見つからなければ諦めた。それで支障はなかった。支障はないことにしてきた。
困るのはなにか失敗や間違い
reflections
火葬場は海を見下ろす場所に建っていた。ケーキを入れる箱のような、白くて無機質な建物だ。初夏の日差しを波が乱反射させている。おろしたてのシャツは体になじまず、着心地が悪かった。ぼくはその年の春に中学、受験をしてはいるような、地元ではちょっと羨まれるような学校に入学したばかりだった。それはその学校の真新しい制服だ。
祖父が死んだ。母方の祖父だ。脳溢血だか脳出血だかだという。夜中に電話がかかってきて
誰かがぼくの命を狙ってる
ぼくは命を狙われています。なぜそんな目に遭うのか?それはわかりません。恨みを買うようなことをした記憶も無いし、特別な人間でもない。自分で言うのもあれなんですが、どこにでもいる平凡な人間がぼくです、残念ながら。
誰がぼくの命を狙っているのか?それならわかります。ぼくの命を狙っているのは、この話の筆者です。これを書いている人間です。彼がぼくの命を狙っているのです。もしかしたら、彼女。女性が「ぼく」
悲しみだらけの世界で
父は笑うことのない人だった。笑うことが少なかったのではない。ただの一度も笑ったことがなかったのだ。少なくともぼくの前では。一度、父が泣くところを見たことがある。父の母、つまりぼくの祖母が死んだ時だ。その時も確かに驚いたが、もし父が笑うのを見たとしたら、その驚きは泣いた時の比ではないだろう。実際のところ、ぼくは父が泣くところを見て少し安心した。それまでは、笑うところも泣くところも見たことがなかった
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