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誰かがぼくの命を狙ってる

 ぼくは命を狙われています。なぜそんな目に遭うのか?それはわかりません。恨みを買うようなことをした記憶も無いし、特別な人間でもない。自分で言うのもあれなんですが、どこにでもいる平凡な人間がぼくです、残念ながら。
 誰がぼくの命を狙っているのか?それならわかります。ぼくの命を狙っているのは、この話の筆者です。これを書いている人間です。彼がぼくの命を狙っているのです。もしかしたら、彼女。女性が「ぼく」という一人称で書かないとは限りません。ぼくはどんな人物がこの話を書いているのかはわからないのです。残念ながら。あなたがあなたの宇宙の外を知ることができないように。残念ながら。
 彼が、もしくは彼女が、といっても、彼もしくは彼女は、「ぼく」と一人称で書いているので、彼もしくは彼女としては、ぼくと彼もしくは彼女は同一人物として考えている、少なくとも、そう見られようとしているのだと思われますが、ぼくには彼もしくは彼女がどのような意図でぼくを殺そうとするのかわかりません。わけのわからないまま、幾多の危機をくぐり抜けてきました。猟犬に追いかけ回され、殺し屋のナイフがかすめ、銃弾の雨をかいくぐり、暴走する車をかわし、本当に、危機一髪ということが何度あったことやら。
 ぼくの予想としては、彼もしくは彼女がなぜそんな真似をするのかといえば、この話に緊張感をもたらすために他ならないと考えています。そうして読者を惹き付ける魂胆でしょう。なんて安っぽい。そんなやり方で上手くいくとでも思っているのでしょうか?それだったら、同時に、グラマラスな美女でも登場させてほしいところです。ロマンス、これだって物語には必要でしょう?その彼女を助けながら危機をかいくぐる。うん、悪くない。最後には結ばれるふたり。うん、悪くない。そうしたロマンティックな展開もないまま、こんな酷い目にばかり遭うなんて耐えられません。まあ、これを書いているのも彼もしくは彼女なわけですが。
ぼくとしては、当然のことですけれど、我が身を守ろうと思います。どんなことをしようとも。
 さて、我が身を守る決心をしたわけですが、こちらにだってなんの方策もないわけではありません。やられっぱなしにならない作戦を考えました。
 ここに、ペンと紙があります。この紙に、「ぼく」をこんな目に遭わせている彼もしくは彼女、つまり、「ぼく」と書いているわけですから、ぼくなのでしょう?を登場させて話をかくのです。彼もしくは彼女、ぼくに物を書く力、物語を生み出す力があるのは、ぼくが存在することで明らかです。さあ、彼もしくは彼女である「ぼく」をおもいっきり酷い目に遇わせてやりましょう。
 ぼくが上空に目をやると、黒い影、轟音、飛行機が低空飛行でこちらにむかってやって来るのが見えた。次の瞬間だ。その飛行機が爆弾をばらまき始めたのだ。耳をつんざく爆音、しかし耳を塞ぐ余裕などない。それは進路を明らかにこちらに向けているのだ。ぼくは懸命に走った。走ったところでたかが知れているのはわかっていた。なにしろ相手は飛行機だ。競走をして勝てるはずがない。しかし、そのまま立ち尽くしていたら、爆弾に吹き飛ばされるのが目に見えている。ぼくは走った。懸命に走った。走っていると、防空壕らしきものを見付けたので何も考えずに飛び込んだ。飛行機の音が遠くなる。胸を撫で下ろす暇なく、次は銃声、ぼくの周りの土がはねあがる。ぼくは身をすくめた。しばらくして、銃声が止んだ。
 誰かがぼくの命を狙っている。
 なぜそんな目に遭うのか?それはわかりません。誰がそんな真似をするのか?それならわかります。ぼくの命を狙っているのは、この話の筆者です。これを書いている人間です。彼がぼくの命を狙っているのです。


No.123

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