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悪魔の恩返し

 助けたのが悪魔だった。鶴や亀でなく、悪魔だ。罠にかかって子どもたちにいじめられているそれを助けようとしている時に悪魔だと気づいたが、悪魔だと気づいたから助けるのをやめたと思われると、心の狭い奴だと思われそうでそのまま助けた。悪魔だって困ることはある。鶴や亀と同じように。
 善行には報酬があるのものだが、助けたのが悪魔なので、まったく期待はしていなかった。なにしろ悪魔だ。悪事を働く以外にできることなどないだろう。もっとも、鶴が機を織るとは誰も思わなかっただろうし、亀がその背中に乗せてくれて、海の底の楽園に案内してくれるものと予想したものもあるまい。とはいえ、相手は悪魔だ。期待しない方がいい。礼の一言も無く去られたところで、悔しくともなんともない。むしろそれで構わないくらいだ。悪魔とかかわり合いになるなんて真っ平ごめんだ。
 ところがこの悪魔がことのほか律儀な奴だった。人間が十人十色なのと同様に、悪魔もそれぞれ性格が異なるのだろう。
 とはいえ、悪魔は悪魔である。
「このご恩をどうお返ししたらいいものか」悪魔は言った。「わたしは悪魔なので、あなたのためにならないことしかできないのでございます」
「礼なんていいよ」とわたしは言った。
「そんなわけにはいきません」と悪魔は首を横に振った。「そこで一つ提案があるのです」
「提案?」
「ええ。わたしがあなたに呪いをかけるのです。『望むものが手に入らない呪い』です」
「そんなことをされたら、わたしは欲しいものが手に入らない」
「いえいえ、話の続きをさせてください。望むものが手に入らないということは、望まないもの全てが手に入れられるようになるのです。あなたは望まなければ、それが手に入れられるのです。望まないもの全てあなたのものです」
「ややこしいな」
「欲しいものを望まなければいいのです。そんなものいらないと言えばいいのです」そう言うと、悪魔は姿を消した。
 それからというもの、わたしは次から次へと望まないものを手に入れました。わたしのモットーは中庸です。過ぎたるは及ばざるがごとし。過剰こそが悪であり、人を間違った方向へと導くものです。美味しい食事も食べ過ぎれば毒です。財産だって、生きていくのに必要な分と少しだけあればいい。多いと争いや間違いのもとになります。ああ、わたしは平凡な生活を望んでいたのに。平凡な家庭、平凡な仕事、平凡な日々。それこそがわたしの望むものでした。それがどうでしょう。わたしはこうして一国の主、それは比喩でもなんでもなく文字通りの一国の主で、様々な出来事の末に国王にまで上り詰め、美しい妻をめとり、賢く健康な子供たちに恵まれました。国民はわたしを尊敬していますが、公務に追われ、わたしの望む穏やかな生活とはほど遠い生活を送っています。
 わたしは今とても不幸です。

No.116

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