『パワハラっていわないで!』〜社会人3年目の体当たり新人研修日記〜 #1
目が覚めると、背中に嫌な汗を感じる。
食いしばりすぎた顎がピリっと痛い。
夜中、背中にびっしょり寝汗をかいて僕はベッドから飛び起きた。どうにもこれから始まる5日間のことを思うと居ても立っても居られない。苦しい。こんなに辛い思いをしているのは自分だけなのか?いやそんなことないか、これから会社に入社して指導を受ける子らだって「働きたくないな〜」とか考えてるだろうしな。人を育てるってそういうことだよな。
体に暗示をかけるように考え込んで、目を閉じても、体がなかなか眠ろうとしてくれない。結局その夜は悪夢を見たせいで2度も目覚めた。一回目は火山が爆発する夢。二回目は車に撥ねられてスマホの両面がバッキバキに割れてなく夢。どちらも、ひっどい悪夢だった。
なぜこんな思いをしてまで、僕はこの仕事に参加したんだ?そりゃだって、頼まれたら断れないじゃないか。こんな、誰がやっても難しいポジション。
社会人3年目でいきなり
新人研修の講師役だなんて。
前置きが長くなりました。
まずは、この記事を開いていただきありがとうございます。(自称)noteクリエイターの瑞野蒼人です。今回、note創作大賞に参加するにあたり、この春に自分が実体験した、あまりに鮮烈な仕事での経験を皆さんにお読みいただきたいと思い執筆を始めた次第です。
小心者で、生真面目で、人を怒ったり叱ったりすることが一番苦手な自分が、どう扱うのが正解なのかまるで分からない新卒社員たちに5日間みっちり向き合って、時には神経を削り切って走り抜けた研修期間。その時の思いをいつまでもなるべく克明に覚えていられるように。将来の自分への備忘録を兼ねて、この記事をお届けいたします。
ちなみに全5回の連載を予定しております。
しばしお付き合いください。
話の発端は今年の3月に遡る。僕こと瑞野蒼人は、関西から全国に名を馳せるとあるサービス系企業に勤めている。この記事の中では仮に「A社」としておこう。
大学時代、説明会でたまたまA社の人事の方と深く話し込んだのをきっかけに、それまで大学で培ってきた経験を活かせるようなポジションで働きませんか?と声をかけられたのだ。具体的には、企画・営業のような部門。会社を裏から支え、広く世間に会社を知ってもらうための部署である。
どこにでもいるごく一般的な社会人な僕だが、ありがたいことに職場では真面目な働きを買ってくれてさまざまな仕事を任せてくれている。A社自体、ルーキーが活躍しやすい風通しの良さを売りにしていることもあって、私の仕事が活きる場面も多い。
会社の前の木々がようやく
息を吹き返してきた3月の頭。
昼食から戻ってきた私はとある人に呼ばれた。
「瑞野君ちょっと話行けるか?」
「あはい、すぐ行きます!」
会議室に入ると私の大先輩である「B部長」が待っていた。B部長は商品の流通部門に在籍している大ベテラン社員で、毎年新人研修のメイン講師を勤めている「指導の鬼」でもある。もっとも、普段は本当にびっくりするほど優しくてその片鱗はちっとも感じないが。
「あれ、お前も呼ばれたの?」
「うん。さっき呼ばれて」
「…なるほどな」
会議室にはもう一人、俺の同期である「C子」が待っていた。
「悪いね、忙しい時に」
「いえいえ、部長に呼ばれたらいつでも」
「実はちょっと折り入ってお願いしたいことが…」
ええ、わかってますよ部長。もうなんとなく察しはついてますから。季節は3月。部長に呼ばれた。しかも会議室に。なぜか馬鹿みたいに察しのいい僕はその言葉だけで全てを飲み込んだ。
「君に、マナー研修の
講師をお願いしたいんだ」
来たか。来てしまったか。
じっとりと手に汗をかく私だった。
A社には、古くから代々伝わる伝統の「マナー研修」というものがある。具体的には、お客さまへのサービスの最前線に立つ新人達のために接客の根幹である「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」の美しい所作を身につけさせる。A社は、4日間に渡る最初の研修の大半をこのマナー研修に費やすのだ。
もちろん私も3年前にみっちり指導を受けた。今のご時世にしては珍しい、割と厳し目な指導。身をもって社会の厳しさをこの研修で私も体感していた。なので、まず真っ先に私は質問した。
「厳しいことはしたくないですよ?」
※瑞野は基本的に人に怒ったりできない
超小心者であることをご理解ください。
「大丈夫大丈夫。そこは心配しないで」
メインの指導役となるB部長は、いつもの笑顔でそう返した。
「正直、私らも困ってるんや。今の若い人に対してどうやったら適切で、かつ心に響く指導ができるか。まあ要するにやな、新しいスタイルを作っていかなあかんのよ。その先頭に立ってもらえたら嬉しいんや」
「新しいスタイル・・・」
指導する側も、今がどれほどパワーハラスメントやセクシャルハラスメントに敏感な時代であるかを十分理解しており、今まで受け継いできた厳しい指導というのも、当然時代遅れであることは百も承知。そこで、より「新人世代に近い感覚を持つ」私たち2人を指導役に迎えることとしたらしいのだ。
「何ができるかはわかりませんが…」
「大丈夫、いつものメンバーも居るし大船に乗ったつもりでいてくれたらいいよ。2人の感覚と意識を活かして頑張ってほしいんだ」
「わかりました。
任していただけるだけでも、ありがたいです」
と、話はそれぐらいで終わった。
僕はデスクに戻り、会社に残っている新人研修の資料を見ながらイメージトレーニングをしてみた。でもどうしても、自分がこの中に混ざって「しっかりしろ!」と新人たちを諭している姿を僕は全く想像できずにいた。
ー第2回へつづくー