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『パワハラっていわないで!』〜社会人3年目の体当たり新人研修日記〜 #5

note #創作大賞2024
#ビジネス部門 参加作

【前回はこちらから】

「もう後は難しいことは言いません。
思いっきり、ぶちかましてください」


ぶちかます時が来た。
最終日である。

最終日の朝は、実に清々しい気持ちで目覚めた。悪夢を見ることもなく、スッキリとしたスタートだった。裏を返せば、ついにこの激闘から解放されると思い心が大きく安心していたのかもしれない。

洗面台に立つ。普段眼鏡を着用しているのだが、この研修期間は柔らかいイメージを無くそうと、あえてコンタクトで通していた。だが、できれば最後はいつもの自分の姿をちゃんと見てもらおうと思い、愛用の黒縁眼鏡をかけて新人の前に立った。


さあ、いよいよ勝負の抱負発表である。

本番は通常の研修が終わってから。一人一人役員室へ駆け足で入り、一言会社での抱負を述べ、挨拶をする。それを入社した社員全員クリアして合格という形になる。「取り返しの効かない、一発本番」と僕が形容したように、とにかく緊張してうまく喋れない。難しい本番である。

役員・社長は当然面接の時から彼らのことを一人一人吟味している。ここで失敗したら本人も悔いが残るが、それ以上に講師陣が悔いが残る。

最後には、全て人。
人が人を育てるしかない。
その成果が試される一瞬なのだ。


「焦らずに。間違えても、もう一回お願いします、の一言。これがあれば重役の皆さんもしっかり見守ってくれます。間違えたことを取り繕おうとせずちゃんと取り返す。それも社会人の大事なことです」

B部長が細かい説明をしている中にも、みんなどこか緊張の顔が伺える。気楽な研修なら「だいじょーぶだいじょーぶ」と笑わせてリラックスさせたいところなのだが、やはり重役陣は簡単に納得させられない以上、緊張感を持って取り組んで欲しい。なので、あえて何も心をほぐすようなことを言ったりはしなかった。

ゾロゾロと新人たちが部屋へと向かう。「頑張って!行ってらっしゃい!」と一人一人に声をかけていく。自分がやった時のことを思い出して、うっと胃が痛くなる。

「C先輩、緊張しますね」
「毎年やってるけどここが一番緊張する」
「結果が問われますもんね」
「でも、B部長が一番緊張してると思うよ」

B部長は重役のいる部屋。つまり、一番近いところで唯一結果を見守ることになる。重役の表情、反応をダイレクトに見るのだ。

これは何とも胃が痛くなりそうな役である。講師陣のトップを走る方なので当然そういう立ち位置になるわけだが、将来自分がその役目をできる気は今は全くしない。


やや時間が空いて、少しずつ新人が戻ってきた。
「どう?どう?合格できた?」
必ず、全員に、結果は聞いた。

彼らは皆、口々に自信にみなぎった口調でこう返してくれた。

「一発合格です!」
「おおやるじゃん!!すごい!!」

思いっきり褒めて、肩を叩いて、健闘を称えた。もうここから先の講師としての仕事はそれだけで十分だと思って、とにかく新人たちみんなを心の底から褒めてあげた。

やり直しをした子も、ほっと安心した表情で帰ってくる。先に「やり直しでも堂々と」と伝えていた効果はあったようだ。焦ることはない。仕事は失敗してもそこからどう取り返すか。それを体で学んだことはきっと彼らにとって大きい心の余裕を与えてくれると信じている。


そんな中、めちゃくちゃ豪快な女子が一人いた。
帰ってきて「どうだった?」と僕が尋ねると

「うっしゃー、一発OKです」

拳を握り締め天に突き出す。我が生涯に一片の悔いなしポーズ。堂々たるそぶり。大物になることをを予感させるビッグな態度だった。

他の講師陣はあっけに取られたが、僕はむしろ爆笑してしまった。なんかこれぐらいあっけらかんとした人間の方が尖ってて変わってて面白いし。こういう奴がいないと会社は何にも面白くないところになっちゃうから。

「あーすごい。本当にすごい子だね」
女子を担当していたC子に話しかけた。

「そうなの、だいぶ大物」
「練習中からあんな感じだったの?」
「んー、まあ研修中も結構堂々としてたけど、でもこっちの注意は素直に聞いてくれる子だったかな」

話を聞いたぶんではどうやら性格は良さそう。
まあなんというか、ちょっとだけ胸を撫で下ろした。


「人は見た目によリませんねぇ」
「そうだねぇ、でもああいう子が今度は現場に行くからね」
「ここからは結局現場に任せるしかないですもんね」

これはC先輩とその子のことを話したとき、出てきた会話だ。最後は結局現場が正しく育成できるかにかかっているので、我々はいわゆる種蒔き役でしかない。だからこそ、正しい目と理解力を持って、一人一人のパーソナリティに接しなければならない。

それで言うと、見た目と実態の乖離。
これは一番僕が今回の研修で学んだところだった。

講師が人を色眼鏡で見てしまうのは一番危険なのだが、どうしても先入観で物を捉えて人に接してしまう。今年からこの研修に参加した身分なのでなかなか最初にはその考えができなかったが、できるだけ難しく考えずフラットに接してあげようというのは来年へ向けての課題になったと思う。


余談だが、そのガッツポーズ女子は新人の営業成績ランキングでトップゾーンを直走るスーパールーキーになっている。案外うちの人事は、理にかなった選び方をしているようだ。

あるいは、育て方を間違えなければ
人はいくらでも伸びる!といういい例かもしれない。


そうして一人一人の帰りを迎えている間に、最後の新人が帰ってきた。これで全員終了。結果は「危なげな場面もあったが、全員合格」とのことだった。みな本当に帰ってくる時にはスッキリとしたいい笑顔をしていた。

それが何よりも嬉しくて。
グッと心にくるものがあった。

今まで部活や勉強や人間関係でいろんな壁を乗り越えてきた。けど、この研修を乗り切ったらもう怖いものなど何も無くなるだろうと心の底から確信できた。それは僕ら講師もそうだし、彼ら新入社員もきっと思っていたのだろうと勝手ながら決めつけさせてもらう。

それぐらいの強い気持ちと気合い、
そして真剣な言葉で向き合った5日間だった。

感謝を込めて講師を胴上げしようと話になって、僕がいの一番に抱えられたのだが想像以上に僕の体重が軽くて、天井をぶち破りそうになった。やはり胴上げは安易にやるもんじゃないと思いつつ、苦労がだいぶ報われたなーと思ってしみじみ嬉しい気持ちになった。

最後にみんなで記念写真を撮った。その写真は、今年新しく契約した写真クラウドに、一番最初に保存した。絶対に消えないように、その時の気持ちと一緒に新鮮なままでいつでも見返せるように。


その夜、重役も参加しての打ち上げの席で酒を飲み過ぎて、家の最寄りの駅から10駅以上もぶっ飛ばされたことは、蛇足だがいい思い出である。タク代は6600円。


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あの研修から2ヶ月が過ぎた。

僕は相変わらずバタバタと仕事に追われる毎日だが、嬉しいことに新人の子がみんな私をすごく慕ってくれている。別部署に顔を出すと、「瑞野さん!」という感じで感じよく挨拶してくれるし、すごく懐いてもらっているのをいつも感じる。

正直、全員に嫌われる覚悟で挑んでいたのでだいぶ心が救われたし、後輩にものすごく心を開けるようになった。正直「群れたくない」「最低限の関わりでいたい」という消極的な人間だったので、そこに関してはものすごくいい影響を僕にもたらしてくれた研修だったと思う。


この研修を終えてふと考えたことがある。

「一体なぜ社員研修というものはこんなに厳しくやるのか」と。


世の中ではよくテレビで「地獄の社員研修」なんか言われて、厳しい叱責とか檄を飛ばされているシーンが公開され、SNSで「これブラック企業だろ」なんて火がついて大騒ぎになることがある。

当然そうした「晒し」のリスクに直面しながら私たちは綱渡りのように慎重に慎重に歩みを進める必要がある。常に情報を共有し、目を見張り、苦しそうにしている子や不満を抱えている子がいないか、居たらそれを拾い上げて納得が行くようにする。

ある意味、今後管理職になっていく身としては
「チームのコントロール技術」に繋がる部分を
今回大きく学ばせていただいたと感じている。


もちろん行きすぎた指導はよくない。
これは大前提の話である。

ただ、今回のこの5日間を通して「決して無駄に厳しくしているわけではなく、むしろそうしなければ社会人としての覚悟が醸成されない」のではないか、という考えに私は行き着いた。

会社に結果をもたらす。利益を作り上げる。それは会社員にとっての宿命であり、永遠に越え続けなければいけない壁である。だが、学生期間が唐突に終わり社会に放り出されるように出発する新人たちは、まさに右も左もわからない「ひよっこ」そのものなのである。そんなひよっこたちにいきなり成果を求めるのは無理な話。

だから、まずは下地を作って会社員としての自覚と覚悟を養成しなければならない。あえて厳しい言葉や徹底したレッスンをするのはそのためである。

「君たちはお金をもらっているんです。この研修中にも給料が発生しているんです」とあえて給料について切り込んだ話をするのも、給料を会社からもらうことの重要性をイメージさせるためのもの。

無意味に厳しいわけじゃない。それが、ちゃんと正しい形で新人に伝わることが、こうした研修において一番重要視されなければいけないと思った。


そして、もっと大事な要素が「これらの指導を若手陣に任せてくれた」ことだった。ベテランが先頭に立ちながらも、実務的な指導はなるべく年齢の近い私たち若手社員に委ねてくれる。そうすることで、新入社員もより講師の言葉に共感しやすくなり、かつ講師陣も社会人としてより円熟味のある成長ができた。そんな効果があったと私は考えている。

人に何かを教えるのが苦手。そもそも人の先頭に立つことが苦手。そういう子は今非常に多い。というか、自分が何をやりたいのか分からない子が多い。でもそんな中で新入社員たちは覚悟と自分の選択を信じて、この会社に入社してきてくれる。

そんな中で先輩ができるせめてもののことは何か。
それが「会社員として一人前にしてあげる」ことだと
強く信じてこの研修を乗り越えた。

だからこそ、言いたいのである。

この研修をお願いだから、頼むから
誰もパワハラって呼ばないでと。



これにて、『パワハラっていわないで!』本編は終了となります。1ヶ月間の空白がございましたが、最後までお読みいただいた皆様本当にありがとうございました。ちなみに、あとがき的なものも更新を予定しておりますので、気長にお待ちください。

そして最後に、読者の皆様へ
今一度大事なお願いです。

note創作大賞2024にこの『パワハラっていわないで!』を出品中です。なんとかして結果を残したい、noteクリエイターとして飛躍できる一歩を飾りたいと思っています。どうか皆様、スキ・コメント・SNSでシェア、どんなことでも構いません。この作品を大きく広めてください。何卒よろしくお願いいたします。



ーあとがきに続くー


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