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『パワハラっていわないで!』〜社会人3年目の体当たり新人研修日記〜 #3

note #創作大賞2024
#ビジネス部門 参加作

【前回はこちらから】

「C先輩、今年の雰囲気ってどうですかね」
「…ちょっと、空気感が心配だな」
「…そうですよね」

僕が抱いた不安は、的中する。

「すいません、トイレ行ってもいいですか?」
「お茶飲んでもいいですか?」

と言う子が続出する。まあ一人や二人ならいいんだが、かなりの数が途中で抜けてしまう。そして、あまり急ぐそぶりも感じられずのんびり動いている。

とても「しっかり研修を受ける」という空気感ではなく、むしろ「無理せず頑張ろうか」という、ゆるっとしたムードが残っているように思えるのだ。それどころか休憩時間に外から様子を伺っていたら、大声でギャハハギャハハと騒ぐ子もいる。外までガンガン漏れ聞こえてくる騒ぎ声。

「・・・なんか、伝わってないですよね」
「一応、こういう間も仕事中なんだけどね」

指導後、講師陣でミーティングをしていた僕は、ガクッと肩を落としてしまった。別に一回もトイレに行くな、とか、休憩をするな、とかハラスメントをするつもりは毛頭ない。ただ、気を緩めず頑張ることを覚えてほしいだけなんだが、なかなかそれが伝わらない。


言うなれば、新人研修の講師はこう言う「どうにもならない意識の差」との戦いでもあったのだ。でも、どうにもならないことをどうにかするのは、3年目で誰かのことを動かした経験の少ない僕には至難の技だった。

新人。つまり、社会に出たばかりのひよっこたちに「危機感」を抱かせるためにはどうすればいいか。ただただそれだけを考えた一日目だったが、他にも「マナー講師の難しさ」に気づいた場面は他にもあった。

例えば、男性メンバーを半分に分けて20人ちょっとを一気に見る集団指導がある。これがまあ参った。全体の動きが揃っているかを気にしつつ、一人ひとりには的確な指導をしなければならない。俺には当然目が一つしかないから同時には見られない。

なので、どちらかを気にしていたら
どちらかが疎かになってしまうのだ。

これは、想像の何倍も難しい。そして何より、中身のないことを言って無駄な研修だなって思われるのは一番嫌だった。このままじゃ何も伝えられない講師になってしまう。とにかく、自分なりの指導を形作らなくては。


2日目。

昨晩死にそうになりながら一人反省会をした私は
以下の「後輩指導三箇条」を心に刻んだ。

三箇条① 褒めと指導はほぼ半々

「挨拶の姿勢はすごくいい」と、まずその子のいいところをしっかり褒めて、その後に「この部分が疎かになっている」と、いい部分と悪い部分をひとまとめに必ず言うようにした。

吸収力のある子は器用に挨拶もこなしてくれるので、褒め言葉から吸収すれば自然と前向きに指導を聞いてくれるかも?と思った上での行動だ。

三箇条② 声のボリュームを一番求める

挨拶の姿勢はまあ良しとしても、僕が嫌だったのは「覇気のない挨拶」だった。どうしても声がボソボソして聞き取りにくかったり、明瞭な挨拶とは言えない子が多かった。でも、お客さまに接するときにもそんなボソボソトークをされていたら、どうなるだろう?

自信がなさそうな店員はあっという間に信用を無くしてしまう。故に、声の大きさには一番こだわるようにした。

三箇条③ 厳しい言葉はここぞと言う時だけ

一人一人に厳しく当たるとその分個人からの風当たりや憎悪が強くなってしまう。それが「これパワハラじゃね?」という誤解を与えかねない。それよりは、チーム全体に当てはまることをみんなが注目する場で厳しく言う方が「自分ごと」だと捉えてくれる子が多くなるのではないか。

なので、一対一で叱ったりすることは決してせず、全体に向けて厳しいことを言う場面をあえて作るようにした。


結果、これが功を奏したかはわからないが、指導後に「ありがとうございます」と僕に言ってくれたり、真剣な表情に変わってくれる子は増えた気がする。ちょっとは意識改革に成功したか?と心を撫で下ろした。

自分らしさは無いかもわからないが、
自分がされて嬉しかった指導はなんだろう?と
考えた末のメソッドだった。

「C子は?」
僕は隣で休憩するC子に尋ねた。

「いやーそれが、大変で・・・」
「大変?」
「女子と一対一で話すのよ、この後」
「一対一?どうして?」

俺が絶対取らない手段を取っているC子に
僕はちょっと驚いた。どうしてなのか?


女子はとりわけ身だしなみに厳しい。やはりおしゃれをしたい子はたくさん居るので、髪を明るめに染めていたり、ピアスをつけていたり、とにかく目立つ子が多い。だが、そういう子は重役に挨拶をしたら間違いなく悪目立ちしてしまう。

つまりは、「社会人としてふさわしいレベルのお洒落」を覚えてもらう必要があるのだ。だが、それも言い方を間違えればまた「強要」とか「ハラスメント」とか言われてしまうのだ。とにかく、新人たちの話を聞いて言い分を汲み取りながら、理路整然と身だしなみの必要性を説く必要がある。

女子は女子で、まあ大変らしい。
まだ男子の方が聞き分けがいいか?とも思う。


「ま、俺らがこの形に合わせるしか無いからな」

リーダーであるB部長はさすが、だてに長年この研修を担当されているだけあって、多少の柔軟さはある。若い子の気持ちを汲み取りながら、進もうという気持ちを持っている。

C先輩は僕からしたらかなり優秀で尊敬している方だが、若い子の価値観ややり方になかなか柔軟に対応できず、心境的には僕寄りの立場だった。私たちはひたすら困惑し続けたし、なんなら僕は「1回厳しく言わなきゃダメじゃ無いですかね」というぐらいの、過激派な考えに転んでしまっていた。

「そうですね、まあ、そうするしかないか・・・」
「厳しく言いたい気持ちもわかるけどね」
「大丈夫です、ここぞという時だけにします」

言いたいことを色々飲み込んで、二日目が終わった。

ぐったりしながら、僕はデスクに戻った。当然僕らにも仕事があるから、指導の時間以外は通常業務をこなす。だが、とてもじゃないがそんなに器用に思考回路は切り替えられない。どうしても今日の指導の時間のことを思い出して、一人反省会をしてしまう。


ただ、嬉しいことが一つだけあった。なんというか、とても他の人に敵わないぐらいひたむきな子が居てくれたのだ。

「すいません」
「ん?どうした?トイレ」

私はもうトイレだと思ってたので
脳死でそう返していたが、彼が続けた言葉は
僕からすれば意外なものだった。

「いえ、そうじゃなくて、見てほしいんです」
「挨拶を?」
「はい!」

そういうと、皆の動きに合わせて挨拶をする。動きや型はともかく、一生懸命さが伝わってくる態度だった。そしてその後も彼は、何度も何度も僕に「見てください!」「形がおかしく無いですか?」と直接指導をお願いしてきてくれた。

「いいと思う。これを基準にどんどん良くしよう」
「はい!ありがとうございます!」

彼はなんというかね、もうキラキラした目でこっちを見てくるんです。変なプライドとか自分の意志とかを持ってなく、純粋に「もっと自分を良くしよう!」という気持ちだけで頑張ってくれている、と僕は思った。

う、嬉しいぞこれは・・・!

これは正直、初めてというか唯一というか、
研修講師になって嬉しいと思えた場面だった。


ー第4話へつづくー

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