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『神様の暇つぶし』 千早茜 作 #読書 #感想

きつい目に大柄な身体、恋愛なんて私には似合わない。そんな二十歳の藤子に恋を与え奪ったのは死んだ父より年の離れた写真家だった。

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初めて聞いた名前の作家さんの本を手に取ってみた.お正月期間の読書もこれで最後.

この本はタイトルからは正直考えられないほど話が重い.
凪良ゆうさんの『流浪の月』をロリコンの恋愛と片付けてしまえる人,『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を見て所詮ロリコン,ラノベじゃんと口に出すような人には1ミリもおすすめできない.

これはただの恋愛の話ではない.恋でもなく愛でもなく渇望?欲求?もっと生きるために必要な感情の勢いのことが描かれているような感じがした.




ここからネタバレがあるので注意




藤子さんという大学生と,父と関わりがあった全さんというまぁ言ってみれば"おじさん"のお話.全さんは写真家で,女性関係がとんでもないことになっている.そして,全さんは,結婚している.


藤子は全さんと別れてからも,というより全さんが亡くなってからも全さんの記憶がこぼれ落ちてしまわないように,彼の汚い部分を思い出す.綺麗な思い出ではなくて,血だらけだけど温かい手を持っていた彼を,思い出す.

"はじめて"を全さんにあげた藤子と,写真を撮るために,その瞬間をカメラに収めるために数多くの女性を抱いてきた全さんのバランスに,なんだか読んでいて"クラクラ"した.魂が剥き出しになる一瞬を撮影する全さんは,見たことのある感情には飽きてしまう.興味を失ったら終わり.
何かを渇望し続けている.


写真を撮り終えたらサヨナラを告げる,そんなことを繰り返していた全さんは,「いつも」なんて言葉は要らない,と言う.
そんな彼に藤子は思う.

そんなことを考えるのは,「いつも」を求めたことがあったからではないのか.自分ではない他人に,手に入らないものを求めて,かなわないと知ったことがあったのだろうかと.

90ページより

そしてこんなことを考えていた自分に関する記憶も,いつか忘れていってしまう.だんだん鮮明に思い出せなくなる.

忘れたくないと思うことほど忘れてしまう,というシンプルで綺麗事である言葉の響きを思い出した.



全さんの助手で,三木という人がいる.

「それでも,人は残したい.誰かに見てもらいたい.特に先生は男と女の間にあるものを捉えることに秀でています.(略)
女の懐に入り込んで丸裸にしてしまいます」

168ページより

「(略)カメラマンの職業病でもあるのでしょうけど,先生はどんな関係でも引き返すポイントを見失わないようにしている感じがします」

168ページより

そんな全さんが唯一引き返すポイントを見失ってしまった相手が,藤子なのだと思う.藤子が全さんに惹かれ,全さんのことを知りたいと思うと同時に,
全さんは藤子の一瞬をカメラに収めて記録に残すのではなく,彼女のこれからを,点ではなく線で知りたくなってしまったのではないか.....と思う.

自分が死ぬと分かっていて,相手の未来を知りたいと望んでしまうのって,なんだか本当に泣けることだ.



「どんな人の関係も同じです.どんなに深く愛し合っていても,お互い自分の物語の中にいる.それが完全に重なることはきっとないんです.だから,僕はあなたの話をききたかった」

269ページより

ここでの僕は取材に来た記者で,あなたは藤子のことである.全さんは藤子を撮り,写真集は出版され,全さんにとって年の離れた藤子という女性がどんな人だったのか,興味を持った記者が取材に来る.
別にこの記者は悪い人ではないのだけれど.


この感想は私の解釈の物語で,
とにかく愛されたい菜月とか,ゲイで献血を続けた里見くんは急性白血病で亡くなるとか,藤子を叱る全の妻とか,彼らに対する解釈は人によりバラバラなのだろう.


全さんにとって藤子は,神様だったのか.またその逆か.暇つぶしでも良いから誰かに愛されたい,この人が全てであるという世界で生きたい,そんな渇望をしてみたいと思ってしまった.

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