見出し画像

『世界の美しさを思い知れ』 額賀澪 作 #読書 #感想

額賀さん、私はとても好きな作家であるが、話が整いすぎている(言葉があまりにも綺麗すぎる)ところがあるため、好みが分かれるかもしれない。「綺麗事」と言われてもしょうがないのかもしれないけれど、私は額賀さんの描く メッセージ性の強い世界が好きである。


今日感想を書く一作は、額賀さんの作品であってもなくても テーマが割と変わっている(これについて描いた本はあまりないだろう)ので、好みや評価が分かれるところなのだろう。感想を覗いてみると、とにかく三浦春馬さんを思い出してしまって ただただ悲しいという声も多かった。


あらすじ(Amazonより)

蓮見貴斗と尚斗は一卵性双生児。
弟の尚斗は人気俳優だったが、遺書も残さずに自殺した。
葬儀を終えて数日後に尚斗のスマホが見つかり、貴斗が電源を入れると顔認証を突破できてしまう。
未読メールには礼文島行きの航空券が届いていた。
自殺したのに、どうして旅行に行こうとしたのか。
その答えを知るために貴斗は旅立つ。
人気絶頂で自殺した愛する弟は何に悩んでいたのか。
止められなかった自らの後悔を胸に世界を旅する貴斗。
「生きること」と「死を受けとめること」の意味を問う、感動のロードノベル。

この話はずっと暗いか、と言われれば確かにずっとくらい。弟である尚斗がなぜ自殺してしまったのか分からないという状態のまま、兄貴斗がひたすら旅を続けるばかりなのだから。

主な登場人物は 双子以外に 尚斗のマネージャーであった野木森さんと、貴斗の会社の同期である古賀さん、そして尚斗の元恋人だった芸能人の辻亜加里さん。
そして旅する先で出会う人々である。


最後に自殺した理由が分かる、、というような「救い」はこの世界にはない。貴斗が何を思って、尚斗がいなくなった世界を生きるのか。そんな物語である。10ページ読むたびにやるせなさを感じるくらいなのである。







印象に残った貴斗の悲しみが溢れているシーン、そして徐々に尚斗の死に向き合っていくシーンを残しておきたい。貴斗は尚斗の遺骨をほんの少し抱えたまま、どこかで自分を許せないまま旅を続けるのだから。

36ページより

心が勝手に偶然をドラマチックに捉えてしまう。弟の死を物語にするなよ、と自分で自分を叱った。

79ページより

「美味い」
なぁ?と尚斗の遺骨に語りかける。「でしょ?」と彼の笑い声が聞こえた———なんて思ってしまうのは、身勝手だろうか。遺された者の、生き続ける側の、横暴だろうか。

131ページより

「人間は一人で生まれてきて一人で死んでいくって言うだろ。違うんだよ。俺達は二人で生まれてきたんだよ。ぼんやり、死ぬのだって二人な気がしてきた。なのに俺は一人にされた。この気持ちは、俺にしかわからないよ」
だから知りたかった。教えてほしかった。何がいけなかった。俺は何をすればよかった。弟をこの世に繋ぎとめるために、俺には何ができた。


最後に、撮影を終えることができなかった映画『美しい世界』に、貴斗は尚斗の代わりに出演する。その映画の撮影の中で、尚斗はアドリブでこう言っていたのだ。「死にたい」と言った作品中の人物に対して。

196ページより

「綺麗なところに連れて行くよ」
(略)
「俺が知る限りの綺麗な場所にたくさん連れて行って、一緒に美味しいものを食べようかな」

想像してはいけない気がした。尚斗という俳優であり、双子の片割れであり、1人の男性であった彼が死ぬことを選んだ理由を、少しでも考えてはいけない気がした。

230ページより

尚斗の痕跡をたどってふらふらと出かけてしまうのも、尚斗そっくりの髪型にしているのも、尚斗のスマホを肌身離さず持ち歩くのも、尚斗の遺骨を手元に置いておくのも———自分では終わらせ方が分からない。
(略)
「俺は、あいつの双子の兄貴だったんだ。世界中の誰にも理解できないことだって、俺ならわかってやれたんだ」

終わらせ方が分からない気持ち、私は双子ではないし血が繋がっている大切な誰かが若くして死んでいくのを見たこともないけれど 何だか分かってしまった。誰か終わらせてくれる人が必要だったんだよね。
辻亜加里と貴斗は、そういう意味で互いを必要としていたのかもしれない。似たもの同士だから相手を嫌悪するし怒りたくなるし悲しみをぶつけたくなる。それでも相手のことを何となく飲み込めてしまう。
遺された者同士、自分のやるせなさや不甲斐なさを互いにぶつけてしまうこともあるけれど 後悔を誰かにぶつける時間が、死というものを少しずつ消化して行くために必要なのだろう。

わたしにもわたしの怒りを終わらせてくれる誰かが必要な時期があった。自分でも怖いくらいに感情がむき出しになって誰かを傷つけてしまう前に、全てを突き放してしまう前に、引き止めてくれる誰かが必要だった。




貴斗は弟に対する<わからない>を わからないまま抱えていくことを決意する。双子だからこそ 二人の人生を一人で抱えて生きていける強さが、彼にはあったのだろうか。







この本で三浦春馬さんを思い出す人が多い大きな要因として、「さまざまな人によってSNSやメディアで自殺の理由が勝手に語られている」というところがあるだろう。顔の見えない誰かが、勝手に死の理由を想像して語るのだ。好き勝手に物語を作り上げて、彼を死に追い込んだ何かを責めずにはいられないのだ。

遺された者はどう生きれば良いのか、どう死に向き合えば良いのか———そこには正解も綺麗な物語もなくて、ただ空虚な悲しみとも呼べない何かが転がっている。




ここからの感想は、重大なネタバレを含みます。ご注意ください。





額賀さんが綴ろうか迷った最後の2ページが、素敵でもあり怖いものでもあると思っている。

数十年後の未来で 貴斗は「それでも世界は美しかった」と尚斗に伝えるべく、カメラマン、ノンフィクション作家として活躍しているのだ。そして人道支援活動を行う最中、アフガニスタンの現地武装組織に襲撃される。

そして同期だった古賀凛さんと結婚している。


ここまでは良いのだ。古賀と貴斗が結ばれる未来は想像できていたのだから、物語の最中でも。
ただ最後に貴斗が死んだという記事を書いた人の名前が気になる。

325ページより

(文=NAOTAKA TSUJI)

NAOTAKAのNAOは尚、TAKAは貴を表している。そして辻亜加里の辻。
辻亜加里の子供なのだろうか?
貴斗もまた辻亜加里のことが好きであったが、最終的に辻亜加里と貴斗は「お互い死にたくなったら連絡する」というような何とも言えない間柄にある。

一緒に旅をして、「尚斗はどうしたってもうこの世にいないんだ」という事実を噛み締めたからだろうか。お互いに自分には何かできなかったのだろうか、と悔いているがゆえだろうか。

それにしてもこの名前はできすぎているかもしれない。



補足:表紙のデザインは、ボリビアのラパスで行われる「人間の頭蓋骨に飾り付けをする祭」と、貴斗が顔認証でロックを解除してしまった尚斗のスマホを表す。

この記事が参加している募集

#推薦図書

42,553件

#読書感想文

189,330件