心の中で引いてしまう境界線 2
昨日のつづき。
境界線を引くことで、逆にそれを飛び越えることで行きたい憧れの世界が、境界線の向こう側にあると良いなぁ。
いつかは境界線を飛び越えて、向こう側に行きたい、向こう側の相手のようになりたい、と尊敬の気持ちで相手との境界線を引けたら良いなぁ。
絶対に越えられないと感じる境界線がある
越えられないと感じる壁もある。
例えばスポーツでいうプロの世界。オリンピックの世界。
選ばれた人間と選ばれなかった人間の間に引かれている境界線は、確実にある。
見えないもののはずなのに、確実に見える。
この境界線は、ただの線というより「壁」だ。乗り越えるのが難しい、高い高い壁だ。
努力しても越えられないかもしれない、何度挑戦しても失敗して心が折れてしまうかもしれない、そんな壁だ。
人には「逃げる」という選択肢がある
わたしは頑張ることが好きだし、結果が出なくても努力をし続けたいとも思う。
でもだからって、頑張れない人や頑張らずに逃げる人を批判しようとは1ミリも思わない。
「逃げる」という選択肢だって、自分で選べばそれもまた人生だ。
「逃げる」という選択肢にも、それを選ぶ勇気が絶対に必要だ。
壁から逃げ続けたら、相手と自分の間に境界線を引き続けたら、
きっといつか自分の生きる世界なんてものは、小さく小さくなってしまう。
いつの間にか自分が引いてしまった境界線に、自分で自分が苦しめられてしまうかもしれない。
越えられない境界線を引くことで、自分を守り続けて、人は弱くなってしまうのかもしれない。
どこかで1回は、「逃げない」、「乗り越える」っていう選択肢が必要なんだなと思う。
越えた先に見える景色を1度でも良いから見ることが、ほんの少し、人生に彩りを与えるような気がする。
人間関係にも「境界線」は確かにある
友人恋人家族.....様々な人と出会って、様々な人との関係を紡ぐ。
「境界線、越えられたな!」って感じる瞬間、ないですか?
例えば、相手の秘密を打ち明けてもらえた時。
相手と深い話ができるようになった時。
ほんの少し、相手の心の内部に触れることができたなと感じられた時。
人はそんな時、相手との距離が縮まった.....境界線の存在が薄くなった....そう感じるんじゃないかな。
時には境界線を越えられるか越えられないかの微妙な関係を、楽しんでいるんじゃないかな。
曖昧な関係に、楽しんでいたり苦しんでいたりするんじゃないかな。
わたしは時に、誰かに境界線を飛び越えてきてほしいと思うことがある。
わたしが無意識のうちにあなたとの間に引いてしまった境界線を飛び越えてきてほしいと思う時がある。
相手任せなんて無責任かもしれない。
でも自分で引いた境界線を自分で飛び越えていく勇気がない時、
その境界線を飛び越えて自分に手を差し伸べてくれる人のことは、大切にしたいと思う。
ほんの少しの駆け引きで、境界線を飛び越えていけるかもしれない。
自分が気づかないうちに引いていた境界線は、案外あっさり消えてしまうかもしれない。
存在しなかったはずの境界線が、見えるようになった瞬間があっただけかもしれない。
こうしてわたしは今日も境界線を引いてしまう
自分が相手より優れていると感じながら、自分を保っている。
自分が相手より劣っていると感じながら、自分を守っている。弱さを隠している。
本当に必要なのは、境界線を一瞬にして消してしまうような、鋭い刃なのかもしれない。