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理不尽な力の前で、日々の営みを見失わない

風も爽やかな季節、今年もGWがはじまった。

関西、関東の都心部では昨年に続いて、緊急事態宣言によって外出もままならない。また、仕事の内容や状況によっては、休みがとれない方、普段の週と変わらないという方もいると思う。

それでもこの1週間、ほんの少しでも日常のあれこれを忘れ、自分と向き合う時間を持ってもらえたらとの思いから、5月5日のGW最終日まで、いくつかの本を紹介していく。

* * *

Day1 『海をあげる』(上間陽子 筑摩書房)

初回からどうかと思うのだが、こちらはスラスラと楽しく読める類の本ではない。手にしてから半年ほど、開いてはやめ、開いてはやめを繰り返してきた。正直なところ、この紹介の文をどう書けばいいのか分からなくて、というより、何を書いても本書の伝えようとすることは伝えられないのではないかというような気もして、今も迷っている。

著者は沖縄の性暴力や若年層のキャリア形成、貧困と女性の関係などの聞き取り調査をおこなってきた上間陽子さん。現在は故郷の沖縄で幼い娘さんを育てながら、若年出産をした女性の調査をおこなっているという。

本書では、上間さんの沖縄での家族、近所の人々、親戚との穏やかでかけがえのない暮らしと、その中に突如投げ込まれる理不尽な力が語られる。理不尽な力とは沖縄の米軍基地を取り巻く政治権力、経済格差、女性や少女たちをめぐる性暴力や虐待、東京の人々の無理解と心ない言葉だ。

そんな力の前で言葉を失っているとき、いつしか上間さんの思いは、それまでの調査で聞き取りをしてきた少女や少年たちの、言葉にならない声へとつながっていく。

しかし同時に、上間さんは食べるものを食べ、娘さんと会話をし、生活者として日々の営みを見失わない。

最初の章「美味しいごはん」では、娘さんのご飯の食べっぷりのよさをきっかけに、その昔、上間さんがプライベートの人間関係で苦しみ、食事が喉をとおらなくなった経験が語られる。心配した友人たちが、入れ替わり立ち代わり食事を届けたりつくったりしにやってくる。上間さんはそれでも食べられない日が続くのだけれど、なんとか回復していく。

一見、後に続く沖縄の話とは関係ないように感じるのだが、食べることは生きることそのものであり、それをよりどころにすることで困難をなんとか乗り越えようとする思いから、本書は語られはじめる。

 ひょいと娘を抱き上げながら、食べることが好きでよかったとつくづく思う。そして、娘にごはんの作り方を教える日が来ることを楽しみに待つ。自分のためのごはんをつくることができるようになれば、どんなに悲しいことがあったときでも、なんとかそれを乗り越えられる。
『海をあげる』(上間陽子 筑摩書房 2020年 9ページ)

途中の章では、沖縄で暮らす人々にとっては耐え難いある施策に対する県民投票をめぐる市長たちのやり方に、ハンガーストライキで抗議する若者が語られる。若者を心配して、ムーチーを届けようという娘さん、コンビニのおにぎりと水を届けにきた男性。

若者にとっては食べないことが、理不尽な力への抵抗なのだが、上間さんをはじめ、若者を支援者する人々にとっては、若者が食べないとはわかっていても、食べ物を届け生きてほしいと願い行動することが、理不尽な力への抵抗なのだ。

とうとう、その耐え難い施策は実行されてしまう。その絶望の中でも、上間さんは、あえてきちんと食事をとる、仕事をする、食事の支度をして家族と会話をしながら食卓を囲む。そして、自分の食の記憶のなかにも、基地と共存させられてきた時間があることに思い至る。

耐え難い施策は、本書のタイトル『海をあげる』に通じている。その意味とメッセージは、本書を読んで、直接受け取ってほしい。


なお、次のインタビューも本書の伝えようとするところを理解するのにとても参考になるので、併せて読んでほしい。


Day2 『影の現象学』(河合隼雄 講談社学術文庫)はこちらから


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