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#極短編小説

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直るモノ、治らないモノ 400字の小説

 目の前にいる、五十路男の荒れた肌。若作りの揃った前髪。そんな事を探し出して、私は彼に対する嫌悪感を高揚させている。そういった準備が必要なのだ。
「昔はなぁ、言う事聞かん奴は殴って教えたもんやで。今はそういうのあかんけどなぁ」
 情けない現実を誤魔化しているようにも見える。本当か、嘘なのかよくわからない歪んだ自分像。暴力が弱者の切り札なのだろうか。女の私には理解できない。
「最近の若い奴らはええよ

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そんな「いいこと」は伝わらない

そんな「いいこと」は伝わらない

 俺はわざと咳をして、レジの前に立った。緊張している訳ではないが「いいこと」をする前に、俺は咳をする。
「あの。袋はいりません」
 聞かれる前に、そう告げる事が、俺の中の「いいこと」だ。俺が言わなくても、店員の方から聞いてくるのだが、その手間を省いてやったという意味の「いいこと」だ。
 あと、レジ袋を「いらない」と言うのは環境に配慮しているようにも聞こえる。しかしながら、なぜか店員は首を傾げた。

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三千円の半分

三千円の半分

 健一は、ダイニングで缶ビールを飲んでいた。私はというと、サブスクで海外ドラマを見ていたが、そろそろ寝ようと思い、リモコンを手にした。
「なぁ。俺が買った宝くじが当たったらどうする?」
 唐突な質問が、健一の退屈しのぎに聞こえた。冷房がききすぎて、少し寒気がした。私の頬や、むき出しの腕が、冷たく乾燥しているのがわかった。
「宝くじ?」寒さを感じた私は、ベランダのガラス戸を少し開けた。
「あぁ。当た

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理想かどうか

理想かどうか

 リビングにいるのに、夫は腕時計をしていた。彼はそれを見た後、携帯電話を取り出して、すばやく指を動かしはじめた。その光景を、私はじっと眺めていた訳ではなかった。ただ、ほっそりした身体つきの夫が、なんとなく遠い存在のような気がした。
「私ってあなたの理想?」
 ふとした安心を私は得たかった。
「理想よりもはるかに上だよ」
 夫は戸惑うことなく、私の質問に、荘厳な態度で答えた。眩暈に似たものを私は覚え

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同じ過ちはしない

同じ過ちはしない

俺には姉がいる。
といっても半分しか血がつながっていない。異父姉弟という事だ。
俺が生まれた後、当時小学生の姉に、父が性的な虐待をした。それが問題になって両親は離婚した。その後、父は3人の娘を持つシングルマザーと再婚したそうだ。

そんな事情を知ったのは俺が大学生の時だった。その頃の俺は小学校の教師を目指していた。
知った後、俺は教育実習に行くことが出来なかった。「父みたいになったらどうしよう」と

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かみひこうき

かみひこうき

長女と次女はよくケンカをする。
10歳と7歳。
最近長女は大人びて、ままごとなどしたくないようだ。
次女はそれが許せないらしく、気にくわない様子だ。
だから、次女がいつもケンカをしかける。
大抵の場合、長女は相手にしない。
すると次女は手を出して反抗するのだ。

見かねた私は次女を諭す。
けれど、すぐには「ごめんね」が言えない。
しばらくして、手紙を書いて飛行機にして飛ばしていた。

「しね」

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思い出の味

思い出の味

カレーを嫌いな子供を探す方が難しいだろう。ご多聞に漏れず、私達姉弟もそうだった。学校の給食の献立にカレーを見つけると、ワクワクしたものだ。
給食もそうだが、やはり母の作るカレーが一番好きだった。それは弟も同じで、おかわりを2人で争うようにしていた。

昨夜、夢を見た。夢の中の私達は子供で、一緒にカレーを食べていた。
「ねぇちゃん。お母さんのカレーは一番おいしいね」なんて事を弟は言っていた。あまりに

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未来の会話

未来の会話

「そもそも上下関係に縛られているような挨拶はダメだ。後輩が先にしなきゃいけないとか、声は大きくとか、暗黙の決まりみたいなものはいらないのだよ。義務みたいになると気持ちが萎えちゃうだろ?」

「挨拶は、見知らぬ物同士が共存するために最低限度なマナーじゃないですか。挨拶などの小さな積み重ねが、信頼関係を築き上げると僕は思います」

「おいおい。弁解するんじゃないよ。お前のためを思って言っているのだ。人

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木に語る

木に語る

庭に楓の木がある。実家の事だ。
「この木は高くなるのだよ。毎日の出来事や、おばあちゃんやお父さんにも言えない事をこの楓に話してごらん。この木が2階よりも高くなる頃には、お母さんが帰って来るだろうよ」
祖母が言った事を当時の私は信じた。
秋になれば赤くなり、そして散っていく葉。
1枚落ちる度に、母が帰って来る日が近くなっていると思い込んでいた。
今では5mを越えたこの楓。

結局、母が戻ってくること

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対談

マメだよね。電話するのって、全員にってことでしょ?

やっぱ性格?なのかなぁ。やらなきゃいけないって思っているんだよね

じゃぁ聞いちゃうけど、その髪型も性格ってやつ?

そういう事になるかな。こうしなきゃみんな納得しないんだよね。

それわかる。私もそうだもん。私の場合、階段の降り方がそう。一回やったらまたやってくださいって感じになったわけ。

うわぁ、やっぱそうだったんだ。普通しないもんね。

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飛行機雲

飛行機雲

キャビンアテンダントをしていると人づてに聞いた。
大学生の時、自分の夢などないくせに、彼女に将来の夢を尋ねた事があった。「笑わないでね」と前置きしていたのに、どうせ叶わないと俺は鼻で笑ってしまった。それが今では空の上で働いているというのだ。

俺は卒業してから定職に就いた事がない。その日暮らしの派遣バイトをして、必死に働いている奴らを鼻で笑って過ごしている。

帰り道の交差点、夕空に飛行機雲が見え

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親不孝

親不孝

体調悪いって言うんで、ほら、うちのカミさんあれじゃない?心配症ってやつ。

んで俺さぁ、果物持って車でお見舞いに行ったんよ。そこまでしなきゃいけないって事なかったんだけどね。

まぁ長い間、顔見てなかったし。

そしたらさぁ、何の事ないんだよ。自業自得ってやつさ。

友達と飲み歩いたあと、朝からゴルフコンペ。まぁ付き合いだから大事なんだろうけどさ。でも普通はその日は休むだろ?若くねぇんだし。

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タローが亡くなった日の事

タローが亡くなった日の事

思いだしたことがあるんです。
関係ないことかもしれないけれどね。
私が喋ったって事は誰にも言わないでくださいよ。
あれはね、もう20年近く前かもしれない。
うちの飼い犬が亡くなったんですよ。いや、老衰ですよ。
でね、亡くなった日にあの子が来たんです。
「おばちゃん、タロー見せて」と言ってきたんです。
確かにあの子はうちのタローをたまに見に来ていた。
犬が好きなんだと思っていたんですよ。でね、死んだ

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おばあちゃん

おばあちゃん

私が幼い頃から、どういった血縁関係なのかわからない「おばあちゃん」がいる。
先日の祖父の三回忌にもその「おばあちゃん」は来ていた。
母に聞いても「さぁ。おばあちゃんはおばあちゃんじゃないの」と的を射ない答えが返ってくる。
その「おばあちゃん」がいつもする話がある。
先祖がある城のお姫様だったという話だ。
だが、それが何処でいつの時代かという事はいつ聞いてもわからない。
そのおばあちゃんの事を誰も邪

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