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短編ヘヴィ・メタル怪奇小説: マッ血ングアプリ

僕は蛇井目田男。38歳。独身。しがないサラリーマンだ。

決してこの歳まで童の貞を守って来た魔法使いではないけれど、それでも付き合った人数は片手で数えられる。というか2人だ。しかも世話焼きな上司の紹介。2人とも3ヶ月持たなかった。話が続かないし、こういう貧乏くさく見栄を張るところもモテない理由だろう。

趣味はヘヴィ・メタルだ。といっても、何かしら楽器ができるわけではない。会社帰りにレコード屋に寄ってアルバムを拾い、暗い部屋で1人、孤独にヘヴィ・メタルを聴くだけだ。100人中100人が根暗だと笑うだろう。世に言うオタクなのかもしれない。でも別に構わない。それが僕にとって、最高の癒しの時間なんだから。

時々は、SNS で何かしら好きなアーティストについて呟いてみたりもするけれど、いいねはだいたい2つくらい。僕がいつもいいねをしている "メタルは人生@ラウパ復活歓喜!" さんと、"チルドレン・オブ・勃起" さんからのお返しいいねだ。とはいえ、彼らとも別に外で会うわけじゃない。ライブに行っても声をかけたりはしない。どうせ大したヤツらじゃないだろう。メタルの知識は明らかに僕の方が上だ。ちなみに僕のハンドルネームは、"Sky Dancer 666"だ。自分では割と気に入っている。まあ結局、すべてのサイクルを乱されたくないんだよな。今のギリギリ社会とつながっている地味な生活が気に入っているから。

だけど、そんな僕の完璧なサイクルが最近乱されている。

きっかけは、取引先の阿久間さんから勧められたマッチング・アプリだった。

たまたま車で送った時に、彼が積んでいた CD を見て「あー!NATION!いいですよね!"Without Remorse"、一番好きなアルバムですよ!TNT とストヴァリがミックスしたような絶妙な透明感。しかもやたらテクニカルで。好きですねー!」などと言うものだから、珍しく僕もその気になってメタル・トークなどをしてしまったのが発端だ。

メタル者はメタル者のニオイを嗅ぎ分ける。これが例えば「BON JOVI!いいですねー!懐かしい!昔聴いてたなぁー」とかだったら、心の中で偽メタルに死を!と叫びながら「あーいいよねー」で終わっていたと思う。かといって BON JOVI は大好きだ。それがメタル者の難しさよ。とにかく僕は、悪目立ちを避けるために、出来るだけメタル世界の一員であることは隠して生きているのだけど、同志を見つけた興奮が優ってしまった。数少ないリアルなメタル友達だ。

そんな彼がこう切り出す。

「蛇井さん。マッ血ング・アプリって知ってます?」

失礼な!いくら、女性関係を諦めた饐えたニオイのするオッサンでもマッチング・アプリくらいは知っている。もちろん、使ったことはないけれど。

「違いますよ!マッ血ング・アプリですよ」

阿久間さんの説明によると、マッ血ング・アプリとは、ヘヴィ・メタルが好きな男女をつなげるアプリなんだそうだ。世の中から抑圧され、不当に見下され、モテない音楽の烙印を押されたヘヴィ・メタル。だからこそ、好きモノ同士はうまくいく確率が高いのだそうだ。

「蛇井さん、独身でしたよね?僕もちょくちょくコレで遊んでるんですが、よかったらやってみませんか?今なら入会金無料キャンペーン中ですし。何やら、ラウパ復活祭とかなんとかで」

彼も重の者ということは隠して生きているけど、割とオシャレでシュっとしている。たしか、結婚もしていたはずだ。なるほど、嫁に隠れてこんなアプリでムフフをプルミアンダーしていたのか。

「いやーでも…私は見た目もパッとしませんし、オッサン丸出しですし、収入もソコソコしかありませんし…」

すべてを見透かしたように阿久間さんが畳み掛ける。

「大丈夫ですよ!他のマッチング・アプリと違って、マッ血ング・アプリは容姿、収入、年齢など一切関係ないんです。メタルを愛しているか否か。それが重要なんですよ!」

ヘヴィ・メタルなら、誰にも負けないくらい愛している。そうして、僕は押し切られるようにそのアプリをインストールしたのだった。

しかし、始めてみるとコレが存外楽しい。いや、正直に言おう。すっかりどハマりしてしまった。こんな僕でも、恐ろしいくらい釣れる。釣れる。まさに入れ食い状態だ。

最初は BRING ME THE HORIZON に魅了された若いOLさん。次はガンズとモトリーが大好きな美魔女。CANNIBAL CORPSEを崇拝するSM嬢や、DREAM THEATER を分析している音大生なんかもいたな。不思議なことに、次々と好意を寄せられ、肌を重ねた。齢38にして、ついにモテ期が到来した。浮かれていた。そんな時出会ったのが、芽呂子だった。

芽呂子は他の女とは違っていた。僕が一番好きなジャンル、メロデスを愛する黒髪ロングの美少女。これまでの誰よりもメタルに詳しい。IN FLAMES の "Stand Ablaze" がいかに世界を変えたか懇々と何時間も語り合い、ARCH ENEMY はヨハンだとうなずき合い、イエテボリのシーンが行き場のない少年達が集まる音楽の家から生まれたことに涙を流した。だけど、何度会っても体を許すどころか、キスもお預けだ。ムーンシールドか何かで守られているかのようだ。僕のコロニーはヴァキュームに備えてスタンド・アブレイズしていると言うのに。

拒まれれば拒まれるほど、男は必死になるものだ。僕は流行を調べ、服装や身だしなみを整えるようになった。レコード屋に寄ったり、ヘヴィ・メタルを聴く時間は、買い物や食事のリサーチ、美容室やメンズ・エステに費やされるようになった。2人の距離は確実に近づいていた。毎日、メロデスしりとりをLineで続けていた。気づけば、愛しくてたまらなくなっていた。もう、ヘヴィ・メタルがすべてではなくなっていた。

そんなある日、僕は芽呂子の家に呼ばれた。ついにこの日が来た。感極まって、エディフィスでスーツ一式を新調し、オメガの腕時計をローンで購入。キムタク御用達の青山の美容室で清潔なツーブロックに整えて彼女の家に向かった。

ソファに座って彼女の入れた紅茶を飲みながら、DARK TRANQUILLITY のライブビデオを見る。ちょうど "Punish My Heaven" の演奏が絶頂に差し掛かった刹那、僕は彼女の肩に手を回した。「好きだ…芽呂子…」

拒まれない。

まさにシャドー・デュエット。メランコリーがバーニングする。今日こそは、2人のエデン・スプリングに到達する。そんな歓喜が訪れた時、彼女が唐突にこう聞いた。

「ねぇ…わたしとメタル、どっちが好き?」

考えるまでもない。僕は即座にこう答えた。

「芽呂子に決まっているだろう?メタルなんて、君に比べればアンジェラ期の ARCH ENEMY だよ」

すると突然、芽呂子の美しい顔が歪み、口は大きく裂け、長細い舌が飛び出し、腹からはエイリアンの子が臓物を突き抜け、下半身からは蛆虫が無限に湧き出し、骸骨ブッチャーが彼女の体を無慈悲に解体し始めた。突然のカニコー全部盛りに唖然とする僕と、苦痛で泣き叫ぶ芽呂子。

「うれしい…うれしいけど…さようなら…」

瞬く間に彼女は綺麗に解体され、後にはただ、ドス黒い血液だけが残った。肩に回していた手には、彼女の温もりの代わりに、鮮血の冷たさが刻まれていた。頭の中で、忙しの無い "Blood on Your Hands" が勝手に再生され始める。ああ、これがメタルを忘れた罰か。ああ、そうだ。僕はヘヴィ・メタルから逃れることなど永久に不可能なんだ…

翌日、僕は阿久間さんに事の顛末を話した。

「だから言ったじゃないですか。メタルを愛してるか否か。それが重要だと。でもいいですか?次に本気で好きな人ができたとしても、あなたは決してその質問をしてはいけませんよ?わかっているでしょうけど…」

僕は左手にできた呪い、赤黒い痣をマジマジと見つめた。


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