#オリジナル短編小説
『布団座からの帰還』 # シロクマ文芸部
布団から出ると、そこには見覚えのある顔。
見覚えがあるどころか、間違いない、その女性。
記憶よりも少し年老いてはいるが、間違えるはずもない。
そして、その隣には、高校生くらいだろうか、やんちゃそうな男。
そうだ、学校に行かなくちゃ。
立ちあがろうとする。
その時、女性が僕の名前を呼んだ。
「カン君」
「お母さん」
思わず声が出る。
そうだ、この人は僕の母親だ。
「え、兄ちゃんなのか」
男が僕を見つ
『本を書く』 # シロクマ文芸部
本を書く、そう言って先輩は姿を消した。
あれは、今頃の、サークルの飲み会の二次会か三次会のこと。
先輩と2人きりだったから、三次会より、さらに後だったかもしれない。
俺は本を書く、その夜、実際にはもう朝だったけれども、そう言って先輩は僕たちの前から姿を消した。
姿を消したと言っても、学生運動華やかなりし頃の地下に潜るようなことではない。
文字通り、姿を消した。
誰かが下宿を訪ねたが、もぬけの殻だっ
『ベテルギウスの隣』
風は、少し強くなってきた。
しかし、冷たい空気は、暖房で暑くなりすぎた体には心地よい。
それに、この冷たさが、僕に諦めるべきものを諦めさせてくれる。
さらに、マンションの最上階のテラスに吹く風は、その諦めたものまでさらって行ってくれそうだ。
揺れる星々の間のさらに小さな光。
ちょうどオリオン座の左角、ベテルギウスの隣を掠めていく光。
その小さな光は、やがて消えて見えなくなった。
飛び立つところは見
『最後のクリスマスケーキ』 # シロクマ文芸部
ありがとうございました。
客の後ろ姿に頭を下げる。
一瞬、車の音と甲高い話し声が舞い込むが、自動ドアが閉まると、元の静寂が訪れる。
いや、静寂ではない。
もう何週間も前から流れているクリスマスのプレイリスト。
クリスマスソングって、こんなに少なかったっけと思うほど、同じ歌が何度も繰り返される。
今の男性は、あのケーキをどうするんだろう。
結構歳をとってたし、夫婦2人では多いんじゃないかな。
お孫さ
『寝心地の悪い脳』 # シロクマ文芸部
「逃げる夢を見るんだよ」
先輩は言った。
「俺じゃないよ、その夢を見るのは」
先輩は自分の頭を指さした。
「こいつだよ」
その先輩とは特別に親しいわけではない。
その日は朝から仕事が立て込んで、休憩が取れなかった。
全員が昼食を終えて戻って来た頃に、ようやくひと段落ついた。
近くのハンバーガーショップのセットで食事を済ませた後、長居するわけにもいかず、近くの公園まで移動した。
幸い天気も良かった