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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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#オリジナル短編小説

『何かがいる』

『何かがいる』

何かがいる。
そんな気配を感じることは、別に珍しいことではないだろう。
誰でも、深夜ひとりで机に向かっている時などに、背後に何かを感じることはあると聞く。
心理学的に何と呼ぶのかはわからないが、少なくとも、心霊現象などではない。
そもそも、私はそんなものは信じてはいない。
戦場ジャーナリストとして名の通っている私が、幽霊などと言い出せば商売にならない。
日本人の誰よりも、自衛隊の隊員よりも、捜査一

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『念仏男』

『念仏男』

念仏男をご存知だろうか。
彼の現れるところは、大体において都会が多い。
都会の交差点の一角であったり、どこかの店先で見かけることができる。
交差点や店先で、ひたすら、途切れることなく何かを呟いている。
さながら、その姿をは念仏を唱えるようだ。
年齢はわからない。
彼の姿が最初に認められたのはかなり前のことだ。
それでいけば、もうかなり高齢のはずだが、代替わりしていることも考えられる。
ただ、それも

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『腕と尻尾』

『腕と尻尾』

体の異変というものは、朝目覚めた時に感じることが多い。
ところが、その日は何ともなかったのだ。
普通に朝食を食べ、いつもと同じ時間に家を出た。
改札では、右手で鞄を持ち、左手でパスをかざす。
あらためて説明するまでもない。
それは、始業時間を過ぎて少ししたころだった。

朝から電話の多い日だった。
左手に受話器、右手でメモを取りながら、コーヒーが飲みたいと思った。
コーヒーは目の前のパソコンの左手

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『布団座からの帰還』 # シロクマ文芸部

『布団座からの帰還』 # シロクマ文芸部

布団から出ると、そこには見覚えのある顔。
見覚えがあるどころか、間違いない、その女性。
記憶よりも少し年老いてはいるが、間違えるはずもない。
そして、その隣には、高校生くらいだろうか、やんちゃそうな男。
そうだ、学校に行かなくちゃ。
立ちあがろうとする。
その時、女性が僕の名前を呼んだ。
「カン君」
「お母さん」
思わず声が出る。
そうだ、この人は僕の母親だ。
「え、兄ちゃんなのか」
男が僕を見つ

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『本を書く』 # シロクマ文芸部

『本を書く』 # シロクマ文芸部

本を書く、そう言って先輩は姿を消した。
あれは、今頃の、サークルの飲み会の二次会か三次会のこと。
先輩と2人きりだったから、三次会より、さらに後だったかもしれない。
俺は本を書く、その夜、実際にはもう朝だったけれども、そう言って先輩は僕たちの前から姿を消した。
姿を消したと言っても、学生運動華やかなりし頃の地下に潜るようなことではない。
文字通り、姿を消した。
誰かが下宿を訪ねたが、もぬけの殻だっ

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『ベテルギウスの隣』

『ベテルギウスの隣』

風は、少し強くなってきた。
しかし、冷たい空気は、暖房で暑くなりすぎた体には心地よい。
それに、この冷たさが、僕に諦めるべきものを諦めさせてくれる。
さらに、マンションの最上階のテラスに吹く風は、その諦めたものまでさらって行ってくれそうだ。
揺れる星々の間のさらに小さな光。
ちょうどオリオン座の左角、ベテルギウスの隣を掠めていく光。
その小さな光は、やがて消えて見えなくなった。
飛び立つところは見

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『最後のクリスマスケーキ』 # シロクマ文芸部

『最後のクリスマスケーキ』 # シロクマ文芸部

ありがとうございました。
客の後ろ姿に頭を下げる。
一瞬、車の音と甲高い話し声が舞い込むが、自動ドアが閉まると、元の静寂が訪れる。
いや、静寂ではない。
もう何週間も前から流れているクリスマスのプレイリスト。
クリスマスソングって、こんなに少なかったっけと思うほど、同じ歌が何度も繰り返される。
今の男性は、あのケーキをどうするんだろう。
結構歳をとってたし、夫婦2人では多いんじゃないかな。
お孫さ

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『銀河の向こう』

『銀河の向こう』

まったく、金さえ払えばいいってもんじゃないんだよ。
俺たちゃ、お前らのストレスの吐け口じゃないっての。
ほんとに、今日は出だしから嫌な客ばっかりだんだ。
行き先聞いただけで、このヤローとか、どうしろってんだ。
タクシーってのはな、乗せていただいて、行き先を運転手様に告げてだな、道中は大人しくして運転の邪魔をせずに、運転手様がお話しになれば、丁寧にお答えをして、目的地に着けば、頭を下げて、代金をお支

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『UFOと転校生』

「それは、お父さんに聞いてみなさい」
そんな声が、キッチンから聞こえてきた。
また来た。
妻が忙しい時に、あるいは自分で答えたくない時に、いつも使う手だ。
娘が雑誌を抱えて、こちらに走って来る。
来年、小学校に入学する子を対象した雑誌だ。
一旦休刊していたのが、この秋に復刊して話題になった。
娘が欲しがったのと、こちらも懐かしくて買い与えた。
もちろん、表紙のロゴやデザインはそのままでも、
内容は

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『マネキン』

『マネキン』

妙にマネキンの多いフロアだと思った。
ここは、デパートの中だ。
紳士服や婦人服が並んでいる。
もちろん、多くのマネキンがその最先端の流行を身にまとうのは不思議ではない。
ただ、それらが本来あるべきところではないところにまで、飾られている。
しかも、そのポーズが、片足を半歩前に出して顔をやや上に向けたり、片手を頬に当てたり、そんな見慣れたものではない。
何かの行動の途中で、突然時間の流れをぶったぎら

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『ネギ』

『ネギ』

元妻と偶然会った。
新しい顧客との打ち合わせが早めに終わって、タクシーを待っている時だった。
声をかけてきたのは、彼女のほうだ。
いや、正確にはその前から、こちらが見つめていたのだ。
傾きかけた太陽を背にして歩く姿が美しかった。
もちろん、その時には、それが別れた妻だとはわからなかった。
だから、そうだとわかった時には思わず目を逸らしてしまった。
元妻は、そんなこちらの気持ちを見透かしたのかどうか

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『寝心地の悪い脳』 # シロクマ文芸部

『寝心地の悪い脳』 # シロクマ文芸部

「逃げる夢を見るんだよ」
先輩は言った。
「俺じゃないよ、その夢を見るのは」
先輩は自分の頭を指さした。
「こいつだよ」

その先輩とは特別に親しいわけではない。
その日は朝から仕事が立て込んで、休憩が取れなかった。
全員が昼食を終えて戻って来た頃に、ようやくひと段落ついた。
近くのハンバーガーショップのセットで食事を済ませた後、長居するわけにもいかず、近くの公園まで移動した。
幸い天気も良かった

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『白いノート』

『白いノート』

父の遺品を、実家で母と一緒に整理していた。
夫には2、3日で帰るからと言ってある。
父は、元々自分の書斎など持たない人だった。
家にいる時には、台所の隣の六畳の居間でいつも過ごしていた。
そこで、新聞や本を読んだり、テレビを見たり、居眠りをしたりしていた。
定年後は、私が使っていた2階の四畳半の部屋に時々籠るようになった。
私の残していった勉強机をそのまま使っていたらしい。
その部屋で、時々は書き

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『世紀の一戦』

『世紀の一戦』

度重なる内戦で、その国は荒れ果てていた。
道路は瓦礫で埋め尽くされ、歪でない建物はひとつもなかった。
何度も、停戦の話し合いは持たれ、何度も、停戦に合意はされた。
しかし、しばらくすると、どちらからともなくまた戦いは始まってしまう。
内戦が始まる前の、その国が平和で、人々がひとつであった頃のことを知る人は少なくなった。

「なあ」
とスパーリングを終えた彼は、トレーナーに話しかけた。
ヘッドギアを

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