『UFOと転校生』

「それは、お父さんに聞いてみなさい」
そんな声が、キッチンから聞こえてきた。
また来た。
妻が忙しい時に、あるいは自分で答えたくない時に、いつも使う手だ。
娘が雑誌を抱えて、こちらに走って来る。
来年、小学校に入学する子を対象した雑誌だ。
一旦休刊していたのが、この秋に復刊して話題になった。
娘が欲しがったのと、こちらも懐かしくて買い与えた。
もちろん、表紙のロゴやデザインはそのままでも、
内容は当時とは大きく変わってはいるが。
娘は、その中のあるページを開いて指差した。
未来の生活のようなものが描かれている。
そういえば、あの頃の雑誌にも、よくこんな図が、見開きに渡って描かれていた。
ちっともそんな未来に近づいていないような気もしているけれでも。
娘が指差しているのは、その絵の中の未来の乗り物だ。
丸い、いわばUFOのようなものが描かれている。
皿状の中心に丸い突起があり、小さな窓から男の子がこちらに手を振っている。
「ユーホーって、本当にいるの」
娘は、いつものように、こちらを試すような目で見つめてくる。
「ユーホーか、そうだなあ」

小学校の四年生の時だった。
二学期の始業式の日に、先生が転校生を紹介した。
「まどか君です。えんと書いて」
丸刈りのどちらかと言えば体育が得意な先生は、黒板に「円」と書いた。
「これで、まどかと読みます」
えん、えん、えんと教室に囁きのさざ波が起こった。
当然だが、まどか君は「エン」としか呼ばれなかった。
特に男子からは。
まどか君は小柄だったが、いちばん後ろの僕の隣に座ることになった。
先生は、そのうちに席替えをしますからと言っていたけれども、結局そのままになった。
まどか君は無口だったから、僕もほとんど話さなかった。
授業中も、自分から手を挙げることはない。
ただ、先生から当てられた時の答えはいつも正解ばかりだった。
一度、ノートを覗き見たが、そこには、小学生とは思えない細かい文字がびっしり埋まっていた。
休み時間には、いつも1人で校庭を眺めている。

そろそろ寒くなってきたある日、教室が、特に男子が、UFOの話題で盛り上がっていた。
昨夜のテレビ番組で、UFOの写真や動画、目撃談に合わせて、ナスカの地上絵やどう見ても宇宙船の内部としか思えない古代の壁画、そのようなものが、人気タレントの司会で特集されていた。
UFOは絶対にいる、ずっと昔からこの地球に出入りしていんだと興奮気味に話す肯定派と、でもあれは本当はこうなんだ、あの壁画の本当の目的はこうだと冷静に説く否定派。
そんな時でも、まどか君は、教室のいちばん後ろの自分の席でうつむいたままだった。
女子のひとりが、突然まどか君に話しかけた。
「ねえ、エン君はどう思うのよ」
一瞬、教室が静まり返った。
まどか君は、ゆっくり顔を上げた。
その時、なぜか僕は、無理に答えなくてもいいぞと思っていた。
しかし、まどか君は、転校してきて初めてではないかという笑顔を見せて言った。
「僕は、UFOを呼べるよ」

放課後、僕たちは、学校の近くの公園に集まった。
みんな、学校に来ている時よりも、少し厚着をしている。
その日は、午後から風が強くなっていた。
みんなの真ん中に進み出ると、まどか君は、人差し指を唇に押し当てて、みんなに黙るように促した。
そして、胸の前で両手の指を組み合わせると、空を見上げて目を閉じた。
つられてみんなも目を閉じる。
それから静かに時間が流れた。
みんな、どんな授業の時よりも、まどか君に集中していた。
しかし、5分、10分と経過していくと、さすがにその集中力も途切れてくる。
ため息や、咳払いが出始めた。
最初は「しー」と言っていた女子も、隣の子とボソボソやり始める。
もう、なんの遠慮もなくざわつき始めた頃に、まどか君は、指を解いて目を開けた。
そして、黙ったまま、首を横に振った。
「んだよー」
途端に不満が漏れる。
男子はそれぞれに思いつく悪態をついて帰っていく。
女子は、空気よりもさらに冷たい視線を残して去っていく。
僕も帰ろうとして、それでも、何か気掛かりで振り向いた。
まどか君は僕を見ると、ニヤッと笑って右手を差し出した。
そして、その拳をゆっくり開いた。
そこには、小さな、コートのボタンくらいの大きさの丸いものが、ふわふわと浮いている。
まどか君の掌から、10センチくらいの宙に浮いているのだ。
まどか君が何か話しかけると、それはさらに高く、公園の散り始めた銀杏のあたりにまでいっきに飛び上がった。
そして、一瞬小さく光ったかと思うと、暮れかける空の高みへと消えて行った。

次の日から、まどか君は学校を休み、年が明けて、3学期の始業式に、先生はまどか君の転校をみんなに告げた。

「ねえねえ、おとうさん」
娘が見上げている。
「ユーホーって、ほんとうにいるの」

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