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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2023年9月の記事一覧

『月のひとしずく』 # シロクマ文芸部

月めくり、ですか。
ええ、私です。
確かに、いい名前です。
あなたたちは、昔からセンスがいい。
もちろん、自分でそんなこと名乗りませんよ。
あなたたちが呼び始めたのです。
私を、月めくりと。

と言っても、今や伝説になってしまいました。
昔の人は、信じてくれたのですよ。
月が丸くなったり、細くなったり、時には見えなくなったり、それは、月めくりが月をめくっているからだと。
そして、ひどいことに、子供

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『なるべく動物園』 # 毎週ショートショートnote

『なるべく動物園』 # 毎週ショートショートnote

「なるべく動物園にしてよね」
妻は出勤するまえに言い残して行った。
妻と言っても離婚寸前で、私は今別のところで暮らしている。
週末だけ、息子に会いに帰ってくる。
小2の息子は、先日の遠足を風邪で欠席したらしい。
その時の行き先が動物園だった。
だから、同じところに連れて行ってくれということだ。

妻との諍いが絶えなくなったのは、いつの頃からだろう。
お互いの働き方、子供の教育、休日の過ごし方、何か

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『遠い手紙』

『遠い手紙』

昭和の時代に別れた人から手紙が届いた。
幸い、夫は学生時代の友人と旅行に出掛けている。
多分、明後日までは帰らない。
夫は定年退職の後、特に定職にはついていない。
たまに、日払いのアルバイトを見つけてくるが、生活のためというよりは、まだまだ働ける体だと自分で納得するためだ。
年金と蓄えだけで何とか不自由のない暮らしはできている。
いや、不自由のないどころか、このように旅行に行けるほどの余裕はある。

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『読む授業』 # シロクマ文芸部

『読む授業』 # シロクマ文芸部

「読む」時間なんて無駄だと言い出したのは人間たちだ。
何故、人間が読まなければならないのだと。
既に、自分で書くことを放棄してしまった彼ら。
書かなくてもいいが、せめて読むことくらいは自分たちが身につけてきた能力として残しておけばいいものを。
そもそも、人間を人間たらしめるのが、言葉ではなかったか。
その、「書く」「読む」「話す」「聞く」のひとつを既に手放し、次は読むことをやめようとしている。

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『呪いの臭み』 # 毎週ショートショートnote

『呪いの臭み』 # 毎週ショートショートnote

おまえの文章には臭みがない。
そう、いつも言われていた。
3年になって、やりたいことも特にないので選択した創作ゼミだ。
15人ほどの学生の前で、教授はいつも俺の文章をそう批判した。
文章に臭みって、何だよ。
他の奴に聞いても、わからない。
そのゼミに出続けたのは、終わってから飲みに連れてくれるからだ。
と言っても、毎回、学生街の安酒場だったが。

ある時、その安酒場で、ホッピーを飲みながら、教授に

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『消えた秋』 # シロクマ文芸部

『消えた秋』 # シロクマ文芸部

「秋が好き」なんて言うのは、ダザイが好きって言うのと同じくらい恥ずかしいことだった。
何の苦労も知らないお坊ちゃま、お嬢ちゃまならいざ知らず、こんなのは、初心者マークをつけてこれから人生をおっ始めようって奴にだけ許されていることだ。
そう、みんな思っていた。
人生を少しでも自分で歩き始めて、この人生が遠目に見ていたような直線でもなく、平らでもないと気づいてからは、誰もそんなことは口にしなくなった。

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『カフェ4分33秒』

『カフェ4分33秒』

そうだよな。
カフェってのはわかるよな。
日本人なら、喫茶店でいいじゃないかと思うんだが、まあ、時代の流れさ。
で、言いたいのはこれだろ、この「4分33秒」てのは何か。
これはだな、つまりこう言うことよ。

あんたが、一杯のコーヒーを何分で飲んでるかってことさ。
それが、平均すりゃ、この4分33秒ってことなのよ。
え、そんなことはないってのか。
じゃ、いいかい。
さあ、あんたがコーヒーをひと口飲ん

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『理由』

『理由』

どうして理由など尋ねるのですか。
いつも理由を尋ねるのですか。

涙を流すのに、理由がいりますか。
嘘をつくのに、理由がいりますか。
夢を見るのに、理由がいりますか。
追いかけるのに、理由がいりますか。
あきらめるのに、理由がいりますか。
忘れ去るのに、理由がいりますか。
後悔するのに、理由がいりますか。

理由、理由、理由。

あなたと出会うのに理由がいりますか。

それとも、あなたが答えてくれ

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『愛の犬小屋』 # シロクマ文芸部

愛は犬小屋にいた。
懐中電灯の光をあてて覗くと、小屋の中で小さくうずくまっている。
「早く、出てきない。あなたの部屋は、ちゃんとあるでしょ」
しかし、愛は光から顔を背けるようにして、嫌々と首を振る。
隣の2階に灯りがついた。
黒い影が窓際に立つ。
影だけなのでわからないが、恐らくこちらを見下ろしているのだろう。
思わず、懐中電灯を消してしまう。
別に悪いことをしているわけではない。
そうではあって

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『目の中にいる』

『目の中にいる』

ええ、いるんですよ。
目の中にいるんですよ。
誰かは知りません。
よく見てくださいよ。
ほら、いるでしょう。
目の中に。
いやいや、そうじゃないんです。
わからないかな。
目の中にいるって言ってるじゃないですか。
ああ、僕の言い方がまずかったですね。
そりゃそうです。
先生が誤解するのも当然だ。
ごめんなさい。
僕の目の中じゃないんです。
僕が、誰かの目の中にいるんですよ。
気がつくと、誰かの目の

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『イライラする挨拶代わり』

『イライラする挨拶代わり』

私も久しぶりの実家だ。
駅前は昔から変わらない。
ここから10分ほどの距離を、たぶん人生でいちばん緊張している彼と歩く。
「これ、渡すの、挨拶代わりです、でいいかな」
彼は菓子折りを用意してきている。
「挨拶代わりは変でしょう。実際に挨拶するんだし」
「そうだよな。でも緊張するなあ」
そう言いながら、彼はもう鼻の頭に汗をかいている。
「お父さんでいいのかな」
「いいんじゃない」
「お父さん、お嫁さ

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『スパイの朝食』

『スパイの朝食』

俺の仕事はエージェント。
わかりやすく言うと、スパイだ。
この国のとある組織に所属している。
そして、俺がさぐりを入れるのもスパイだ。
他国からこの国の機密情報を探りにきている奴ら。
大きな声では言えないが、世の中はスパイであふれている。

もちろん、誰も俺の正体を知らない。
両親、兄妹はもちろんのこと、妻にさえ知らせていない。
妻には、大手商社の海外営業マンということにしてある。
所属する組織か

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『文化祭の思い出』 # シロクマ文芸部

『文化祭の思い出』 # シロクマ文芸部

文化祭の思い出を語ってあげましょうか
そうですね、たくさんはありませんが、忘れられない文化祭がありますよ。
はい、お話ししましょう。
聞きたいはずです。
あれは、中学の2年の文化祭でした。
文化祭なんて、わたしたちの頃は中学生になって初めて体験するものでした。
今でもそうですか。
知りませんか。
中学生になると文化祭があって、それは学校中がお祭りになる特別な日だと、みんなワクワクしていましたね。

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『鳥獣戯画ノリ』

『鳥獣戯画ノリ』

「ねえ、兎を飼いたいんだけど」
「駄目だ」
「可愛いじゃない。それに鳴かないから、マンションにはぴったりよ」
「可愛くないさ」
「どうして」
「だって、昔話に出てくる兎って、悪い奴ばっかりなんだぜ」
「例えば」
「例えば、因幡の白兎」
「それ何?」
「古事記に出てくる話で、兎が鮫を騙すんだよ。でも、結局、怒った鮫に皮を剥がれてしまうんだけどね」
「ああ、でも、それ鰐じゃなかったかな」
「日本に鰐は

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