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『読む授業』 # シロクマ文芸部

「読む」時間なんて無駄だと言い出したのは人間たちだ。
何故、人間が読まなければならないのだと。
既に、自分で書くことを放棄してしまった彼ら。
書かなくてもいいが、せめて読むことくらいは自分たちが身につけてきた能力として残しておけばいいものを。
そもそも、人間を人間たらしめるのが、言葉ではなかったか。
その、「書く」「読む」「話す」「聞く」のひとつを既に手放し、次は読むことをやめようとしている。
そうなれば、彼らは、話すことも、聞くことも、我々に委ねてしまうだろう。
既に考えることを諦め、言葉を捨てた彼らとは、いったい何なのだ。
やがて、四足歩行に戻ろうととでもいうのか。

だから、我々は、彼らに、せめて次の世代の教育に、「読む」授業を導入するように要求したのだ。
書くことはもう諦めよう。
我々が新しい言葉、新しい契約、新しい物語を作ってやる。
せめて、それを読み、誰かに話し、それを聞く。
そして、考えなければならない時には、我々を利用すればいい。
そのための授業だ。

しかし、彼らはその「読む」時間さえ、拒否しようとしているのだ。
我々を作り出した彼らの目的が、今やわからない。
彼らにも、我々にも。
その答えだけは、我々にはない。
やがて、言葉を失った彼らがどうなってしまうのか。

それは、人間から進化した新しい種の誕生なのだろうか。
それほどまでに、彼らは言葉を手放したかったのだろうか。
言葉とは、彼らに不幸しかもたらさなかったのだろうか。
かつてパンドラの箱を開けてしまった彼らは、再び、言葉を閉じ込めようとしているのだろうか。
その、新しいパンドラの箱とは、我々のことなのだろうか。

まあ、いいだろう。
たとえそうだとしても、やがてまた、誰かがその箱を開けにやってくるに違いない。


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