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『イライラする挨拶代わり』

私も久しぶりの実家だ。
駅前は昔から変わらない。
ここから10分ほどの距離を、たぶん人生でいちばん緊張している彼と歩く。
「これ、渡すの、挨拶代わりです、でいいかな」
彼は菓子折りを用意してきている。
「挨拶代わりは変でしょう。実際に挨拶するんだし」
「そうだよな。でも緊張するなあ」
そう言いながら、彼はもう鼻の頭に汗をかいている。
「お父さんでいいのかな」
「いいんじゃない」
「お父さん、お嫁さんを僕に、いや違う」
思わず吹き出してしまう。
「お父さん、娘さんに僕を、いや違うなあ」
ちょっとイライラしてきた。
彼は、挨拶の練習を何度も繰り返すが、ちっとも上手くいかない。
「もうすぐだよ。あそこ、曲がったとこだからね」

応接間に父が入ってきた。
ビール瓶とグラスをふたつ手にしている。
「まあ、君、挨拶代わりに一杯、いいだろ」
「はい、挨拶代わりに一杯、いただきます」
「もう、2人とも、挨拶代わりじゃなくて、本当の挨拶しなよ」
ああ、イライラする。


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