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たびみやげ

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紀行文ニ限ラズ
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たびみやげ

たびみやげ

三連休の初日、富士界隈へ。前にここまで近くで拝んだのは、それこそ横浜在住時、保育園児の頃であるから、物心がついたか否かは置いておくとして、きちんと"みる"のは初めてのこと。これぞといった具合の、神々しささえ漂うその存在感は、文化遺産と称されることにも大いに頷いてしまうような、極めて高圧的な説得力がある。

京都より車で約五時間。夜中の出発が功を奏してスイスイと進む。朝方のひんやりとした空気が残る中

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書簡

書簡

それでいま、遠野の地にいるのです。ご覧の通り桜が満開、それ即ち相応の肌寒さが残っているわけで。本日の到着も十七時過ぎ。強風が吹き荒れているかと思えば、時折意地の悪い小雨も。結論、調査は難航を極めました。これと言った成果を得ることもなく。

正直なところ、自らの中に"疑い"の念が俄に巻き起こりつつあります(貴君がこれを黙っていてくれるという信頼あっての告白です)。勿論、"いる"ということは分かってい

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旅に浴する

旅に浴する

洞川温泉を訪れるのは一昨年の秋以来。宿を取ることに関してはもう二年ほど遡った、これもまた冷気の立ち籠めた晩秋であった。足を踏み入れる度、身体はこの地に浸され、四方の山々に遮られ狭くなった青空はというと、我々に安息を齎す。あの見慣れたビル群の圧迫感とは表裏一体なのであろう。

騒々しい車両の往来はそこになく、川瀬の賑わいが昼夜絶え間なく辺りを包む。通りに沿って並ぶ木造の旅館は二階建てに統一されており

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越前近江を往く

越前近江を往く

お天気に恵まれた日曜日、福井から滋賀を抜けて京へ舞い戻る。

東尋坊

春日神社より

北前船主の館 右近家

多賀大社

湖東地域

太郎坊宮

一貫して蒼空が素晴らしいのなんの。お天道様に感謝どす。

行灯が照らすのは

行灯が照らすのは

昨夜、自宅よりほど近くで催されていた〈愛宕古道街道灯し〉と、同街道沿いのあだし野念仏寺にて行われていた〈千灯供養〉を見物した。町並みはもちろんのこと、あらゆる思想あるいは伝統の混在する光景は、温かく、そして心地好い。

行灯の列ぶのは、嵯峨の顔こと清涼寺は仁王門より、愛宕神社は一の鳥居まで。神仏習合の当時、清涼寺は愛宕神社の別当寺であったそうだから、その名残と考えてみると面白い。

大小が写るもの

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熊を喰らふ者

熊を喰らふ者

燃え尽きる間際、強い光を放つ西日を受け、土手の毛並みは黄金に耀く。数センチだけ開けた車窓。舞い込む冷気が心地よい。迫川の頭上、列を成して羽ばたくは渡り鳥の群れ。岸辺で寝入る雪を起こさぬよう、静かに歩む水の流れとともに里山の趣を奏でる。

感覚が蕩けゆく。未だ雪が溶けきらぬ田を啄く鴨の群れ。茜色に染まりつつある空を背景に、大きな円を描く鳶。区画なき空き地のような駐車スペースに車を止め、泥濘む地面に足

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竹田城は登るところなのじゃ!

竹田城は登るところなのじゃ!

長い間、竹田城というのは眺める場所だと思っていた。考えを改めるに至ったのは一年ほど前だっただろうか、祖父母の家で流れていた映画、高倉健が竹田城跡を歩く場面を見てからだ。

同じ高度で霞む碧々とした山々と芝生の若緑。反り立つ石垣の間を縫って登っていく高倉健の渋味のある表情、透き通った女性の歌声。是非に及ばず私も登らなくてはと思った。調べてみると映画の名は『あなたへ』というらしい。

晴天の下、ほど近

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備前・美作ゆるり旅

備前・美作ゆるり旅

一泊二日で岡山は美作、備前をゆるりと巡る。先ずは昨年にも訪れた勝山へ。

一帯には出雲街道の宿場町として栄えたという、そんな歴史の面影が今も残る。白壁をはじめ、瓦から木材、そして窓に暖簾まで、意識の行き届いた各々の建造物は、ひとつの有機体となって我々を包み込む。

玉石積みの船着場は、かつて通った高瀬舟の名残。この旭川は高瀬舟の発祥地とも伝わり、近世以降は物や人の移動に関して大きな役割を果たした。

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伯耆国なる火神岳

伯耆国なる火神岳

この場所には何度訪れても、その度に(ああ、なんて良いところなんだ)なんて思いながら高々と聳える木々を、山岳を、青空を、そして真っ直ぐと上へと伸びる参道に視線を遣る。

森林浴なる言葉を造った人は偉大だな、そんなことを考えながらまた私も全身に緑を浴びる。ここに在るのは泰然とした厳かな自然だけでない。足下に目を落としてみると、若々しさ溢れる小さな、そして凛とした生も。

変わらない自然という伝統的時間

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とりとめなき43

とりとめなき43

北陸より京へ戻る。当然の如く満喫とはいかん。大地の震えた傷跡は色濃く居座り、忙しなさで塗り潰す人々の、その暗がりを目にしてからは。実際、立山の空に浮かぶ様、豊穣の透けて見える荒涼な風景、漆の暗黒に素材の饒舌、作品の細部へと意識が吸い込まれる陶酔、ドラムの鼓動と雑多な調べ、それらと私との関係は"日常"なるものに取って代わり、全ては忘却へと流れ、不意に引き戻される。永続からの疎外、当てなきさすらいの齎

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死ぬまで一生愛されてると

死ぬまで一生愛されてると

田圃に張った鏡は風に揺れ、遠く眺むるは白の城壁。枯木、裸の枝、疎らな残雪を横切った鴉の黒に、寂寞たる光景は収斂し、そして消えゆく。悠々と、まるで粘度が増したかのように流れるは九頭竜川。

朝、社叢の中でも一際大きな古木の根元より、湯気が立ち上っているのを見た。連なる深山を覆わんとする白煙の一端。前日の雨が隠し味、蒼一面の空の下、翠の濃淡は瑞々しく耀きを放つ。

芦原温泉に宿を取るのは初めてか。田園

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風の吹くまま

風の吹くまま

冬至の足音も次第に大きくなり、今日はというとまた一段と冷えている。喫茶店でもそんな会話ばかりが耳に入る。昨夜までは長袖のシャツ一枚で出歩けたのだけど。

ベルクソンの『笑い』も、並行して読み進めていたなんだったかの本も、何れも開く気にならなかったものだから、井上ひさしの『新釈遠野物語』を読んだ。遠野、久しぶりに行きたいな。雪はもう降っているのだろうか。

火曜より週末にかけて島根を巡っていた。手が

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大沢にて

大沢にて

岩手県にいる。まさかまさかで遠野の、"あの"お宿が取れなかったから、花巻の大沢温泉なるところに泊まっている。気を取り直す必要がないくらいには、このお宿も頗る宜しいのだが、ほんの二日前くらいに鳴子で痛い目をみたところであるから、もう少し落ち着いて泊まれることにすりゃよかったなんて、風流も何も知らないようなことを思っている。

その板をどれほどの人が踏んできたのだろうか、私の重みをもその歴史に刻むよう

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