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りぴーと

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素敵な作者さんたちの作品。私が読み返したいと感じた記事をまとめています。敢えて平仮名のりぴーと。
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#小説

【平成】という、めちゃくちゃ強い30巻。

「人生最初に見たニュースの記憶はなんですか。」 そう聞かれたら、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。 私がよく聞くポッドキャストに【無限まやかし】というチャンネルがある。 どれくらいよく聞くかというと、好きな回は1つの放送につき10回は聞き返すほどだ。 無限まやかしとは、大島育宙さん(平成4年生まれ)と高野水登さん(平成5年生まれ)が、2人であらゆるまやかしについて、ただ気が済むまで話し倒すチャンネルである。 空いている時間、何か聞いていなければ損をしているような気分

#月刊撚り糸 2021年をささやかにプレイバックする。

 2021年1月からはじめたマガジン#月刊撚り糸 。皆様のおかげで無事に一年を終えることができました。その感謝を込めまして、ささやかですが参加してくださった方々の作品の中からひとつずつ、主催者が一番好きだと思ったものを改めて紹介しています。 *** 1、夕焼けに煙る 絶対絶対絶対絶対もっと読まれるべきだ!!!と個人的に思ってる小説のひとつ。幼い日々の目線の低さ、見えない大人の仄暗さ、そして人と人との繋がりは温かいのだと教えてくれる距離感。そのすべてが絶妙に収まり、悲しい結

【小説】彼女とKとどん兵衛と(幼馴染の推しが炎上した話)

 インターホンが鳴ったのは、夕食のどん兵衛にお湯を注いだときだった。僕はまずいな、と思った。どん兵衛の調理所要時間は5分だ。メーカーが5分と言っているのだから5分なのである。しかし来客によってはその規定時間をオーバーすることになるかもしれない。  来客、どうか宅配であれ。あるいはすぐに断れる宗教の勧誘とかでもいい。僕はそういうのを断るのをためらわないタチだ。NHKの集金人でもかまわない。なにせ僕の1Kにはテレビがないので、やりとりはたったの一往復で終わる。「テレビはございま

美味しいごはんと一緒の話【日本のカレー編】

1人暮らしをはじめた頃、金曜日の晩御飯に食べたいメニュー第1位はカレーでした。大鍋にたっぷりつくると、いくらでもおかわりできる!という安心感と明日も明後日もカレーを好きな時に好きなだけ食べられる!というお休みの嬉しさを同時にかみしめることができました。 今日は美味しいごはんと一緒の話【日本のカレー編】です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 夕方5時の音楽が鳴って、公園から家までの道すがら、どこからともなく晩ごはんのいいにおいがしてくる

【短編】眠れない夜の道連れ

眠れない夜は、決まって「あの夢」がやってくる。 こちらの意識が覚醒していようとしていなかろうと関係ない、はた迷惑なモノ。 それは決していい心地ではなく、けれど拒むことも許されない。 この街では、眠らないものは「悪い子」だから、と皆は言う。 連れていかれる。 ・・・ ―――あぁ、やってしまった。 ちゃんと睡眠薬も呑み、風呂にも一時間以上前に浸かり、眠る準備は万端だったのに、眠れなかった。 だから、きっと今日もやってくる。 カーテンを閉める前に見た空に、きょとん

短編小説 『誰が殺したクック・ロビン』

誰が殺した クック・ロビン それは私よ スズメがそう言った 私の弓で 私の矢羽で 私が殺した クック・ロビンを──── Beth  誰があの子を殺したか、って?  そう聞けば、「あたしが殺した、可哀想なあの子を」とでも答えるとでも思ったのかな、刑事さん?  なに、変な節回しだって? あら嫌ね、知らないの? マザー・グース。イギリスの童謡。有名よ。それなのに……本当に知らない? ふうん、刑事って無教養なのね。小説とかに出てくる警察は教養に富んだ人が多いってのに。それとも、

誰かにとっては悪で、誰かにとっては善で。

それぞれが持っている善人、悪人の性質について。 最近、『自転しながら公転する』(著:山本文緒)の小説を読んだ。 ストーリー的には、結婚適齢期のある女性の人生を仕事、恋愛、親、と大まかに3つの内容で描いたものだった。 その小説の中で一番印象に残っていることでもある「善悪のジャッジ」についてをここでは話していきたい。 それを考えるキッカケになった内容の、一部あらすじを紹介する。 主人公の恋人は、元ヤンチャをしていたタイプで人として不安な部分もあったが、 震災のボランティアに参

掌編小説288(お題:群れないムジナ)

きっと受験に失敗したからだと思う。新しいアルバイト先も、まだ、決まっていなくて。高校生でも大学生でも、フリーターでも、何者でもないから道に迷ってしまったのだ。 予備校から帰るところだった。石畳で舗装された歩道をなんとはなしにながめて歩いていたら、どこでもない場所へ来てしまった。どこでもない、としか言いようがない。建物、街路樹、通りすぎていく自転車や自動車。人々。今しがたそこにあったはずの光景がきれいさっぱりなくなっていた。 霧が出ている。腕を伸ばすと手先が見えなくなるほど

【小説】愛のカツカレー

「ねえ、おぼえてる?」  なげかけた言葉は白い冷蔵庫のドアにさえぎられ、力なくフローリングに落ちていった。  オープントゥのパンプスからのぞくつま先を、ひんやりとした空気がなでる。  目の前に鎮座する赤の肉たちには、専門店の看板に恥じない迫力がある。やっぱりいつものスーパーにしようかと、ためらいながらショーケースをのぞき込むあたしに威勢の良い声がふってきた。 「なんにしましょう」  笑顔を貼り付けたおじさんが立っている。  あたしは、財布を握る手に力を込めた。 「あの、トン

【短編小説】雨の鳴く日は休みたい(ユウコの日々シリーズ)

朝一番に窓を開けると、すでに驟雨が降りしきっていた。 激しさとは無縁の細かな雨。 6月になれば嫌というほどみられる風景に、ベランダの手すりを叩く静かな音が道路の喧騒よりも大きく響いている。 「驟雨か」 ユウコの呟きは口の中で細かな風になり、それが外界へ吐き出された。 にわか雨、よりも、よっぽど素敵な響きだ。 感染爆発や気候変動でSF小説の1頁に似た世界になりつつある世界で、古より受け継がれた言葉を使い、先走る世界を少しだけ留めておこうとする孤独で無意味な抵抗。

【短編小説】ウヰスキーの女(ユウコの日々シリーズ)

「隣の芝生は青く見える」 無意識と意識の間から紡がれた声が、金曜日の喧騒の中で瞬く間にもみくちゃにされたのをみて、ユウコはハァとため息を吐いた。 肩に食い込んだショルダーバックに気が滅入ると感じたのは、いったい何年前の話だったか。 もはやお友達になっている肩こりと人間の特権ともいえる慣れで、痛みなんて感じなくなっている。 金曜日の夕方。誰もが浮足立って職場から居酒屋か家に向かう時刻。 ふと、百貨店の煌びやかな内側を惜しげもなくひけらかすウィンドウに映った味気ない女が

同い年

「髪、切った?」 「タモさんかよ。」 「カエラちゃんみたいじゃん。いや、もはや三戸なつめちゃんぐらい短いね。かわいい。」 「アラサーかよ。最近の若い子、わかんねえよ。」  駅裏の噴水で二人待ち合わせして再会、ああ一年半ぶり。 (別に最近の若い子がわかんなくても、どうでもいいもん。)  口を尖らせてつぶやくけれど、聞こえてないようで、カエラだ、なつめだ言われたオン眉携えた黒づくめ三十路女もまんざらではないようで、「リルラリルハ」を口ずさんでる。地元。のどか。すれ違う

中途半端な好きでいい

全部、わたしが知っているわけではないんだから、わたしが正しいわけでもないんだから、他人の言葉を否定したくない、し、ある程度は受け入れたい、たまに、苦しくなってしまうけれど、苦しかった選択は、次から選ばなかったらいい、上手に生きる、は、選択を間違えないこと、わたしらしく生きる、は、すべての選択を経験すること。 人の言葉に耳を傾けてしまう。全てが良心から出た言葉でなかったとしても、それに気が付くのは受け取ったあと。人を否定できないわたしの弱さは、ずっとわたしを救ってきたし、苦し

カワセミカヌレ

オリーブの木。その傍に、お店の看板。看板の横に自転車を停め、学校鞄を提げ、歩き出す。 お店は、芝生の丘の上。入り口まで、白い砂利道が緩やかに曲がって続く。 芝生の緑、コンクリートの建物の明るい灰色。白い坂道。青い空。白い雲。その組み合わせに、つい頬がほころぶ。 ガラス扉の、流木の取手に手をかける。流木取手の上に手のひらぐらいの大きさで、お店の名前が、白文字で懐かしい字体で書いてある。 ベーカリー喫茶 ori hoshi  店内には私に気づいた、二つの笑顔。いらっしゃ