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短編小説 『誰が殺したクック・ロビン』

誰が殺した クック・ロビン
それは私よ スズメがそう言った
私の弓で 私の矢羽で
私が殺した クック・ロビンを────


Beth


 誰があの子を殺したか、って?

 そう聞けば、「あたしが殺した、可哀想なあの子を」とでも答えるとでも思ったのかな、刑事さん?

 なに、変な節回しだって? あら嫌ね、知らないの? マザー・グース。イギリスの童謡。有名よ。それなのに……本当に知らない? ふうん、刑事って無教養なのね。小説とかに出てくる警察は教養に富んだ人が多いってのに。それとも、あなたが若いだけ? だから、何にも知らないってこと?

 ……ちょっと、そんなに怖い顔をしなくたっていいじゃない。別にあたし、刑事さんを誤魔化そうだなんて思ってもないのよ。もちろん、精一杯協力するよ。でも、その前に刑事さんの隣にいる方を紹介していただけますでしょうか? ……え、探偵さん? わあ、何か感激! 警察と探偵が組むなんて、それこそ小説の中だけだと思ってたけど、違うんだね!

 お名前は? ……椎葉さん。下の名前は? 壮一郎? じゃ、「椎葉探偵事務所から来ました、椎葉壮一郎です」とか言っちゃうのかしら? ええ、依頼人の綺麗な女の人に。そうそう、当然、影がある女性よ。探偵に相談するべき謎を抱えてるんだもん。夫が失踪したとか、事件に巻き込まれた可能性があるとか。

 でもでも、実はその女性《ひと》があらかじめ夫を殺してたりするんだよ。探偵を頼むのは、言わば偽装工作ってわけ。え、偽装工作ってどういうものかって聞かれたって、あたしにはわかんないよ。その女性じゃないんだし。

 あはは、でもこの事件のことはわかりますよねって聞く? ううん、そうじゃない、いい導入だと思う。若いのにやるぅって思っただけ。え、あたしも若く見える? やだなあ、こう見えてもう三十越えてるんだよ? 若いって言われるのは嬉しいけど、刑事さんみたいな大学出たての新人みたいな人に言われても嬉しくないよ。お世辞って丸わかりだもん。

 ま、そっちの探偵さんに言われるなら話は別だけど。探偵さん、あたしよりは上でしょ? それくらいの人に言われるとちょっと嬉しい。それにごめんね、刑事さん。あたし、探偵さんの顔のほうが好みなんだ。ね、事情聴取だっけ? これ終わったらどっか行かない? 美味しいお酒飲めるところ、知ってるんだ。え、この後も仕事? うーん、残念。じゃ、あとで連絡先教えてね。教えてくれなくてもいいけど。え? だって、ネットで検索すれば出てくるでしょ。だって探偵事務所やってるんだから。

 あ、ごめんごめん。また脱線したね。それで……あの子のことか。可哀想なクック・ロビン。無教養な刑事さんはおいといて、探偵さんは知ってる? 「私が殺した クック・ロビンを」の続き。

 そう、続きがあるの。この詩はとっても長いんだから。いろんな虫や動物が集まって、可哀想なクック・ロビンのお葬式を出すって詩なんだから。

 でね、こう続くの。「誰が見つけた 死んだのを見つけた それは私よ ハエはそう言った」って。あ、さすが。探偵さんはやっぱり物知りだね。

 ……でも、あの子の場合はハエじゃなかった。ハエが匂いを嗅ぎつける前に、あたしが見つけたの。……やだ、涙出てきちゃった。だって、あたし、あの子のこと大好きだったんだよ。目が覚めると、いっつもお姉ちゃんお姉ちゃんってまとわりついてきて。

 子供って、あのくらいの年齢が一番可愛いよね。え、あの子が何歳だったかなんて考えたことなかったけど……五歳くらい? うん、それくらいじゃないかな。だってまだオシッコ漏らすこともあったし。五歳じゃしょうがないでしょ?

 ……探偵さん、すごいね。なんでわかったの? うん、そうそう。あたしが起きると、いっつもあの子、オシッコ漏らしてるの。そうじゃないときなんかなかったんじゃないかな。ううん、別にあたしはそういうの苦にならないから後始末をしてあげるんだけど。他のやつらはね……うん、片付けるのが嫌だから、あたしに押しつけてたのかもしれない。あいつら、面倒なことが起きると、絶対にあたしに対応させるんだ。この刑事さんとの話だってそうでしょ? あいつら、面倒くさいから出てこないんだよ。

 でも、どうでもいいよ。言ったでしょ、あたし、あの子のこと好きだったんだ。だから、あの子が寝てる時間なんかに起きちゃうとすることがなくって。そう、だから美味しいお酒を飲ませてくれるところ、知ってるんだよ。そそ、こっそり部屋を抜け出してね。

 ……いやいやいや、それは教えないよ。だってミキが嫌がるもん。見た目は派手かもしれないけど、ミキって実は真面目なんだ。だから、無理。

 なになに? あたしがミキのことを好きかって? 探偵さん、変なこと聞くんだね。あの子の話じゃなかったの? いや、まあ、ほかならぬ探偵さんの質問だから答えるけどさ。

 ……別に、って感じ? うん、ミキは弱っちいし、だからあんまり出てこないし、だからどうでもいいっていうか。あたしの存在がミキのおかげ? いや、そんなことは思ってないよ。ってか、何、それ? あたしはあたし、ミキはミキ。そりゃ関係ないとは言わないけどさ、そういうもんでしょ、普通。

 例えばさ、探偵さんがシェアハウスに住んでるとして、他の人のことをすごく気にする? しないよね? ってか、そんなこと気にしてたらやってけないでしょ? あたしたちだってそういう感じだよ。同じ家には住んでるけど、そこまで干渉しないって言うか。

 え、じゃミキに会ってみたいって? うーん、それはどうかな、言ったでしょ。ミキって臆病なの。だからあたしたちもこうなってるわけで……まあ、とりあえず呼んではみるよ。あたしも、あの子を殺したのが誰か知りたいし。でも、出てくるかどうかはわかんないからね? それでもいい? じゃ呼ぶよ。

REIJI


 ……誰だ、テメエ。いやいや、わーってるよ、刑事と探偵だろ、椎葉とかいう。さっきのやりとり、俺が見てないとでも思ったか? そうだよ、俺は全部見てんだよ。だから言いに来たんじゃねえか、ふざけんじゃねえってな。

 おっと、挑発したって無駄だぜ。あんたに手ェだしたら公務執行妨害で逮捕ってやつも知ってる。これが任意の聴取だってこともな。俺はベスとは違うんだ。

 あ? ベス? あいつの名前だよ。さっき話してただろ。イギリスかぶれのサブカル女。あのバカが探偵小説好きだなんて笑っちまうね。知ってるか? あいつ、シャーロック・ホームズの子孫だとかいう男にホテルに連れ込まれてさ、ただでヤラセたんだぜ。小説の登場人物に子孫なんかいるわきゃねえし、そいつの見た目だって完全に日本人の男だったのに、だぜ。ホント、バカとしかいいようがねえよな。だから、あいつの言うことなんか信用するんじゃねえぞ。

 ……何って、とぼけてんじゃねえよ。あのガキのことだよ。クック・ロビンだかなんだか知らねえが、あいつの死に俺らは一切関わってねえ。ミキもだ。それだけが言いたくて、俺は出てきたんだ。

 じゃ、誰がガキを殺したか? んなもん、知らねえよ。俺は昼は大抵眠ってるんだ。けど、あいつらが何かしでかしたなら──例えばガキを殺したとか、そういうことがあればすぐに起きる。……わかってるじゃねえか、探偵さん。そうそう、俺はそういう役目なのよ。ベスがシェアハウスだとか言ってただろ? なら、俺はそこの管理人ってわけだからな。

 ミキ? ミキは……真面目なやつだよ。あのガキの世話もよくしてたし、だから事件には何も関係ねえ。まさか、ミキを疑ってんのか? 証拠? 何言ってやがる、そんなもん出るわけないだろ。

 ならこの血痕は、って何の話だ? 鑑識の撮った証拠写真? これは……これは、違う。血のついた手なんか何の証拠にもならないだろ。……わかってるよ、じゃ、教えてやるよ。

 これは、俺の手についた血だ。俺がガキに触った血がミキの手にもついたんだ。わかるだろ? 

 は? 「誰が取ったか その血を取ったか」って何のことだ? マザー・グースの詩? んなもん知らねえよ。ベスくらいだろ、そんなもん知ってんのは。アンタも知ってる? 次は「死に装束をつくるのは誰か」って? 墓穴に司祭に付き人に松明? 何のこっちゃ、俺には全然わからんね。

 そんな外国の詩なんかより、刑事さん、あんた、他に追求しなけりゃならねえ罪があるんじゃないのかい? そうだよ、殺されたガキの親のことだよ。

 いいか、一度しか言わねえからよく聞けよ? あいつは、あのガキの母親はクソ人間だった。あんたら、あのガキ幾つに見えた? ベスが五歳って言ってたって? まあ、そうだろうな。それくらいにしか見えねえだろう。けど、それはろくに食いもんを与えられなかったからで、あいつは本当は八歳なんだ。それも自宅で勝手に生みやがって届けも出してねえから、戸籍もねえ。保育園にも小学校にも通ったことがねえのはそのせいだ。

 ……驚かねえな。さては、あんたたち知ってたのか? そういうところは腐っても警察ってか? そうか、そんなら俺はもう何も言うことがねえ。犯人は母親だ。わかるだろ? あいつは子供を虐待した挙げ句、ナイフで刺し殺したんだ。あいつのアリバイがあろうとなかろうと知ったこっちゃねえ。なぜって、ガキはあんな栄養状態だったんだ。わざわざ殺さなくても、死んでただろうよ。わかったら、さっさとあのクソ母親を逮捕しな。

YOSHI


 死に装束って、僕が祐司に新しい服を着せてあげたこと? はい、それならそうです。だって血まみれのまま埋めたら、祐司が可哀想でしょ? はい? だから、そうです。僕が公園に穴を掘って、埋めようとしたんです。夜、見つからないように黒いビニール袋に入れて運んで穴を掘って……。

 ビニール袋が棺桶か、ってどういうことですか? マザー・グース? 夜でなければトビが運んだのに、って? ええ、知ってます。ベスとは仲がいいですから。「夜を徹してでないならば 私が担ごう 棺を担ごう」ですよね。けど、鳥のトビがどうやって棺を担ぐんでしょう。変な歌ですよね。

 そんな歌はどうでもいいけど、大変だったんですよ。こういうときに限って、ベスはちっとも助けてくれないし。でも、まあ、祐司の漏らしたオシッコはいつも綺麗に掃除してくれてたし、ベスは祐司のことが好きだったからショックで出てこられなくなっちゃったんでしょう。

 そうじゃなくて、問題は玲二ですよ。あの人、偉そうに僕らを怒鳴りつけるだけで、自分は何もしないんだから。あ、玲二に会いました? うるさい男でしょう。シェアハウスの管理人なんて、よく言いますよ。管理人ならもっとちゃんとした人が……あ、これは言っちゃいけないんでした。聞かなかったことにして下さい。

 それで、犯人は捕まったんですか? 心当たりがあるかって、そりゃありますけど……玲二と同じ意見は言いたくありませんね。でも、祐司を殺したのはあいつです。母親です。

 そんなはずはないって、刑事さん、あなた、あいつのことを知らないでしょう。祐司は虐待されてたんですよ? あいつは何日も帰らず、祐司にろくに食事を与えなかった。それどころか、風呂にも入れず、外にも出さず──祐司はあの狭い部屋から一度も出たことがないんです。出ると厳しく折檻されましたし、そもそも気力も体力もありませんでしたからね。一日中、ぼーっとゴミだらけの床に寝転がってるだけの状態でした。

 え? あれは育児放棄《ネグレクト》だから、そんな親がいまさらナイフで刺し殺すわけないって? いやいや、だって実際祐司は殺されてたんだ。そうでしょう? それなら犯人はあいつに決まってますよ、ええ、母親です。間違ってもミキじゃありません。何でミキの名前を出すって、刑事さんたちが疑ってるのはミキでしょう? だから、僕らに尋問してるんだ。

 何ですか、僕の知らない情報って。そりゃ、重要な情報はたいてい玲二が握りつぶしちゃって、僕のところまで回ってこないことも多いですけど……母親が祐司を引き取って新生活を始めようとしてた? い、いや、知りませんでしたけど、何ですか、それ。あいつ、また新しい男をつくったんですか? その男とカウンセリングを受けて、祐司だけでも……って、ミキは? ミキはもう十八だから自立させようと思ってた? 一人だけ、祐司からも引き離して?

 そんな……そんな酷い話、ありますか? ミキがああなったのも、そもそも、あいつが男を……! ……いえ、何でもありません。

 とにかく、祐司を殺したのはミキじゃありません。あいつです。母親です。え? でもそれじゃ、僕の行動の説明がつかないって? それってどういう……そんなに憎んでる母親が犯人なら、どうして僕は死体を隠すような真似をしたんだ、って?

 それは……それはでも……そう、そうです。あのまま放置されてたんじゃ、祐司が可哀想だったから。だから、僕は祐司を埋めようとしたんです。でもまさか、よりによって警察に見つかるなんて。

 みっちゃんに歌なんか歌わせなけりゃ良かった。……クック・ロビンですよ。ツグミが賛美歌を歌うんです。可哀想な彼のために。

 ……祐司は僕の手で埋葬されることを望んでいたはずです。あの母親は嘘つきです。カウンセリングだか何だか知りませんが、あいつが立ち直ったなんて嘘です。あいつは祐司が邪魔だったから殺したんです。それだけです。だから、僕はそれを埋めてあげようとしただけなんです。信じて下さい。

MIKI


 ……えっと、えっとお、……こんにちは。そうです、みっちゃんです。……なんでみっちゃんの名前知ってるの? 知らない人に名前教えちゃいけないって、ママが言ってたんだけど……。

 けーさつ? けーさつの人はいい人? そうなの? じゃあ、大丈夫? うん、それならよかった。

 みっちゃんです。四さいです。保育園は、前は行ってたけど、いまはずっと行ってないの。だから、ヨシくんにお歌うたってって言われたとき、みっちゃん、お歌がひとつも思い出せなかったの。何でも良いよって言われたから、いっしょうけんめい考えたんだけど。

 え、なんで保育園行かないか? あのね、まだわかんないけど、みっちゃん、おひっこしするかもしれないから。いまはね、ママと住んでるけど、ケンちゃんがパパになるかもしれないから。

 ケンちゃん? やさしい人だよ。ゆうえんち行ったり、こうえん行ったりするの。それで、ママととってもなかよしだから、ケッコンするんだって。

 おじさんはケッコンした? してないの? ケッコンはしたほうがいいんだよ。そうしないと、だって、パパとママになれないでしょ? 大人はみんなケッコンするんだから。それで、ケッコンしたら赤ちゃんが生まれるの。だから、みっちゃん、うれしいんだ。

 だって、おともだちはみんな弟とか妹とか、いるんだよ。あとお姉ちゃんとか、お兄ちゃんとかも。だから、みっちゃんも兄弟がほしいの。

 …………。でもね、ちょっと困ったことがあるんだ。あのね、ケンちゃんが言ってたんだけど……一番大好きな人とケッコンしないと、赤ちゃんは生まれないんだって。うん、そうなの。うん、そう、ケンちゃんはママも好きなんだけどね。でも……。

 ナイショだよって言われたから、言えないの。……ほんと? けーさつの人なら大丈夫なの? ナイショのこと言っても、怒られない? けーさつだから? ほんとのほんと?

 ……じゃ、ナイショだから、ケンちゃんには言わないでね。ママにもだよ? 絶対だよ? ゆびきりげんまんできる? ゆーびきりげんまん、うそついたらハリせんぼんのーます! ゆび切った!

 じゃ、やくそくしたから教えてあげる。……あのね、ケンちゃんってママのことが大好きなんだけど、一番大好きなのはみっちゃんなんだって。……困るでしょ? だから、赤ちゃんはみっちゃんが産むんだって。ケンちゃんがみっちゃんとはだかになって、だっこすると赤ちゃんが生まれて、赤ちゃんが、……いたいよ、ケンちゃん、いたくないって言ったのに、すごくいたいよ、ケンちゃん、ケンちゃん、やめて、ママ、ママ、助けてママ!

 ……だいじょうぶ。こわいこと、思い出しちゃったの。うん、ありがとう。……お水、おいしい。けーさつの人はやさしいね。

 え? うん、でもね、ケンちゃんはみっちゃんが一番大好きって言ったけど、ママが赤ちゃん産んだの。それって、みっちゃんが一番じゃなかったってことだよね? ケンちゃんはママが一番好きだったの。

 けーさつの人はなんでも知ってるの? うん、ママはみっちゃんの弟を産んだんだよ。弟だよ。なまえ? ゆーじくんっていうの。ママもケンちゃんもよろこんでて、みっちゃんもうれしかったの。

 え? ゆーじくんは八さいってどういうこと? 八さいだったらみっちゃんより大きいから、お兄ちゃんだよ? あれ、でもゆーじくんは弟で……みっちゃんのお兄ちゃんじゃなくて……あれ? どうしたんだろう。みっちゃん、いつのまにかゆーじくんにおいこされちゃったのかな? そういうことってあるのかなあ?

 だれ? そのしゃしんのお兄ちゃん? ……もしかして、ゆーじくん? ゆーじくん、どうしたの? 血が出てるよ、死んじゃったの? ママは? ママはどこにいったの? ……みっちゃん? みっちゃんは四さいだよ。でも、ずうっとずうっと四さいでいるような気がする。どうしてだろう? ねえ、どうしてみっちゃんはずっと四さいなの? もう大きくなれないの?

 え? 大きくなりたいかどうか? そ、そんなのわかんないよ! だって、大きくなったらケンちゃんの赤ちゃん産まなきゃならないもん! でもいたいのはやだもん! いたいのは、もうやなんだもん! いやだよおおお!

REIJI


 おい、チビを泣かせてんじゃねえよ! そんな暇あったら、あのクソ母親を逮捕しろって言っただろ!

 何だよ、探偵さん? あ? 俺はもういいから別のやつ連れてこいって? ミキを出せって? そういうわけにはいかねえってさっきも言っただろ、聞いてなかったのか?

 ……何だと? おい、いまなんて言った? ミキさんは出てきたいはずだ?

 ……そうか。わかったぜ。いやいや、ミキは出すわけにはいかねえ。わかった、ってのは別のことだ。そう、テメエの正体だよ、このクソ探偵! 探偵だなんて言いやがって、テメエ、本当は────!


SOCRATES


 ────お医者様、ですか。

 椎葉さんは探偵などではなく、医者、と。探偵というのは、最初に出たベスに話を合わせただけですね? 誰が殺したクック・ロビン。可哀想な駒鳥《クック・ロビン》を殺したのはスズメでしたが、祐司を殺したのは──。

 なるほど、私としたことがうっかりしていました。刑事さんは犯人捜しなど、とうの昔に終えていた。それでいて、私たちのうちの誰が祐司を殺したのかを聞き出そうとしていた。それ自体は光栄なことです。あなた方にとってはどうかわかりませんが、私たちはまるきり別個の人間なのですから。

 ……となれば、これは任意の事情聴取などではない。ええ、わかりますよ。これは俗に言う精神鑑定というやつだ。

 警察の興味は、私たちの誰が祐司を殺したか、ということにはなかった。そうではなく、この相沢美紀という肉体に宿った私たちという別人格が実在するのか、そして罪に対する責任能力があるのか、それだけのことでしょう。

 ……それで? 答えは得られましたか? 精神科医殿?

 一応、名乗っておきますと、私は「ソクラテス」。ええ、あの著名な哲学者から名前をいただきました。この答えをあなた方が信じるかどうかは別として。

 難しい顔をしておられますね、椎葉先生。それもそうだ、解離性同一障害──俗に言う多重人格というやつに本物は少なく、なかなか診断がつきにくい。中にはそれを偽って、上手く演技をする人間もおりますからね。なかなかどうして、見分けがたい物ですよ。で、私たちの場合はどうでしたか。演技か、それとも数少ない症例か、あなたに判断がつきましたでしょうか?

 ……信じる? あなたは私を馬鹿にしているのですか? 仮にもソクラテスを名乗る私を? 信じるなどという言葉は、それこそ信用に値しませんよ。それは「診断」ではなく、あなたの気持ち一つなのですからね。けれど……そうですね、この際ですから私の気持ちも話しておきましょう。

 虐待を受け、保育園児程度の体格をした八歳がナイフで刺し殺された。容疑者は母親とその彼氏、それから祐司と共に暮らしていた私たち──つまり、高校生の相沢美紀です。彼女は幼少時の性的虐待で解離性同一障害となり、主人格である「ミキ」は意識の奥深くで眠り続けることとなってしまった。だからこそ、私たちが代わる代わる表層意識を支配し、彼女の肉体を動かしていたわけですが──。

 ええ、先ほどの玲二との会話を聞きました。美紀の手からは血痕が検出されたそうですね。それに、ヨシは祐司を埋めるところを警官にみられてしまった。……そんなことだろうと思ってましたから、驚きませんよ。ナイフから美紀の指紋が出たとしてもね。

 犯人は美紀の肉体。それは動かしようのない事実なのでしょう。あとは、椎葉先生がどういった精神鑑定を下すかという一点。その結果いかんで、美紀の送られる先が決まる。刑務所か、病院か、どちらかにね。

 私の趣味は読書でね、だからどちらでも構いませんよ。けれど……先ほども言ったように、警察は私たちの中の誰が殺したかには興味がない。興味があるのは、先生の診断結果だけです。

 警察の考えはこうでしょう。──過去、自分を助けてくれなかった母親が突然改心し、しかも弟だけを新生活に誘おうとしている。それを知った美紀の怒りは、母親ではなく弟に向いた。なぜなら、弟だけが母親の愛情を受けることに嫉妬したからだ、と。

 どうですか。それを証明する物的証拠も残っていることだし、動機もさもありなんといったところでしょう。普通ならこれで逮捕、自供を取れば済んだはずです。一人を殺しただけでは死刑にならないかもしれませんが、病院に入ってすぐに出てくるよりはましかもしれません。

 しかし、そこに壁が立ちはだかった。なぜなら、相沢美紀は解離性同一障害だったからです。そうなると、罪に対する責任能力の有無を鑑定しなければならない。そこで先生が呼ばれたわけです。彼女を刑務所か病院のどちらかに送るために。

 警察はそんなところです。けれど──先生はおかしいとは思われませんか? 

 そうです、ミキは眠り続けている。弟が母親に愛されて怒りを抱くはずがない。

 ミキが眠り続けているという私の言葉を疑いますか? それも結構でしょう。しかし、これだけは言えます。彼女は祐司を殺してはいない。私たちの中の誰かが、彼を殺したのだとしても。

 しかし、あなた方が罰することが出来るのは精神ではなく、肉体のみだ。罪は相沢美紀の肉体にのみ、かぶせることしかできないのです。

 けれど──どうですか、先生。先生はご興味がありませんか。

 誰がクック・ロビンを殺したのか。スズメは一体誰なのか。そして、そのスズメは血の味を覚えてしまったのか──。

 いえいえ、相沢美紀の肉体が二件目の殺人に手を染めるだなんてことを示唆するつもりはありません。そうではなく、ご興味はありませんかとそう申しているのです。マザー・グースでも明かされていない、なぜスズメは駒鳥を殺さなければならなかったのか、ということについても。

 私の考え、ですか? ……思うに、可哀想な駒鳥は殺されねばならなかったのでしょう。可哀想な鳥はこの世に存在しないほうがいい、そうは思われませんか? もちろん、マザー・グースの話です。可哀想な駒鳥が可哀想な理由を、スズメは知ることが出来たのです。だから、殺した。

 ご存じでしょう? クック・ロビンの童謡では、スズメが殺したと告白したにも関わらず、動物たちは誰も彼を責めないのです。なぜなら、駒鳥は可哀想だったから。スズメだけでなく、彼らもそれを知っていたのでしょう。先生、そうは思えないでしょうか。

 さあ、クック・ロビンの詩も終わりが近づきました。あとは牛が鐘を鳴らすだけです。その鐘を聞き、皆がクック・ロビンを悼むのです。可哀想な駒鳥を心から悼むのです。けれど──おわかりですね? 鐘を鳴らすのは私ではない。相沢美紀に宿る他の人格でもない。先生、あなたです。椎葉先生が彼女を可哀想だと思う気持ちがあるのなら──誰かがスズメ役を引き受けるべきです。可哀想なクック・ロビンなど、この世に存在しないほうがいいのですから。

【誰が殺したクック・ロビン 完】


読んでいただき、ありがとうございました🙏
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