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同い年

「髪、切った?」

「タモさんかよ。」

「カエラちゃんみたいじゃん。いや、もはや三戸なつめちゃんぐらい短いね。かわいい。」

「アラサーかよ。最近の若い子、わかんねえよ。」

 駅裏の噴水で二人待ち合わせして再会、ああ一年半ぶり。

(別に最近の若い子がわかんなくても、どうでもいいもん。)

 口を尖らせてつぶやくけれど、聞こえてないようで、カエラだ、なつめだ言われたオン眉携えた黒づくめ三十路女もまんざらではないようで、「リルラリルハ」を口ずさんでる。地元。のどか。すれ違う十メートル手前でおっさんが痰吐く、歩道、たんぽぽがアスファルト突き破ってる。

「この街も変わんねえな。」

「ハンバーグ師匠かよ。」

 相変わらず治安が悪いように見えるけれど、小綺麗なマンションが建設される予定で、浮浪者もなんか叫んでるおばさんもそういえばいない。ただ、そんなやついたなあって思い出せるぐらいには、この街は変わっていない。

「ただいま。」

「おう、おかえりぃ。」

🌾🌾🌾

 夜勤を終えて帰って来たら、ヌスビトに入られてしまっていた。というか、知らないおばさんが家で眠っていた。窓ガラスはぶち破られ、棚という棚、引き出しという引き出しが乱雑にこんにちはをしていて、冷蔵庫の中身は食い荒らされていた。ひやご飯、ディーンアンドデルーカで買ったチョコ、ティファールの鍋ごと冷やしていた作り置きのポトフ、とろけるチーズ、粉チーズ、プロセスチーズ。見るに、ポトフにいたってはご丁寧に、コンロであたためてから食べたようだ。お気に入りのベッドではヌスビトがいびきをかいて寝ていた。知らないおばさん。本当に、何度見ても知らないおばさん。私はひどく冷静で、1・1・0と押し、警察に身柄を引き渡したあとはそのままあの家には帰らなかった。機嫌が悪そうにーーーしかし、観念したように起きあがった痩せたヌスビトおばさんが半狂乱になって、私に向かって「ごちそうさま。おいしかったよ。キャベツたーっぷりの、ポ・ト・フ。」と口走ったあとに、小さなげっぷをしたのが、本当に本当に気持ち悪くて、もうあの家には帰らないと決めた。もう絶対、帰らないと決めた。

「いやあ、しかしさ、無事でよかったよね。仕事やめるんでしょ。」

「うーん。仕事はとりあえず休職。会社も気をつかってくれて、とりあえず気持ちが落ち着くまでは休んでいいって。」

 私が大人女子向け漫画の主人公ならば。恋愛小説の主人公ならば。未来の偉人なら。アスリートなら。もっと違う選択肢をいき勇んで歩んだかもしれないけれど、中庸でごめんだけど、とりあえず住み慣れた地元に帰ってくることにした。
治安の悪い街、優しくない街、欲望渦巻く都会、空高い、ビル高い、あったかい、待ったかい。地熱。先日まで住んでいた田舎町よりもよっぽど悪い人が多い街だけれども、このくらい荒々しいほうが警戒心を持って安心して生きられるようだ。ほっとする。田舎町の暮らしに、心を委ねすぎていたんだ。不覚。失格。恥かく、汗かく。

「てかさ、ハンバーグ師匠って誰よ。」

「知らない?ハンバーグ!!!ってやつ。」

 知らん。アンパンマンのキャラクターか何かなの?流す。ヒールは久しぶりに履いた、汗かく、流す。脱ぐ。スーパー銭湯、レンタルバスタオル借りて、すっぽんぽん三十秒前。老いも若きも乳房ポーンと放り出して、お芋の如き丸々、心なしか恥じらい合い、愛愛。ともだちの黒コート、黒ブラウス、黒スカート、黒タイツ、しずしずと身体から離れていく。釣られて自販機で買った黒ウーロン、唇から離すとプハと音が出た。

「ねえ、いつから黒づくめしてるの?」

「なにが?」

「服。全身黒づくめじゃん。雰囲気変わったなって思って。大人っぽくて素敵だと思う。」

「ああ、今日はたまたまだよ。普通に黒のブラウスに黒のスカート履いてみたら良くて、靴も帽子も鞄も化粧もそれっぽくしてみただけ。証拠に、ほら。ブラ、フワちゃんみたいでしょ。」

 腹ちら、裏腹、ペロンと捲られた下着の下からショッキングピンクにマリンブルーのパイピングの派手なスポーツブラジャーが見えて、軽く噴く。生々しいブラジャーの跡、二本走らせた私のアンダーバスト、昼間のスパ銭の明るさにはとても見苦しい。

3、2、1、ジャポン。ぷはあー。極楽じゃ。つまさきから巡る身体へのメッセージ。

「ねえ、ふと思ったけど、なんでさっき『仕事やめるんでしょ』って聞いたの?」

「んー?いやー、普通にアラサー女子的に、地元に帰ってくるならそのまま仕事辞めて、少しのんびりするんかなって。」

「あー、まあそう思うか。自分でもどうしてもいいかわかんなくて。いっぱい選択肢はあるはずなのに、なんかさあ、何も考えられなくて。」

「ふーん。じゃあ逆に聞くけどさ、なんで私が日常的に黒づくめしてるって思ったの?」

「いや、なんか黒づくめが似合ってて、板についてるからさー、普段からそうしてるのかなあって思っただけだよ。あんまり深い意味はない。」

 露天行こっか。引き戸を開けると、冷たい風がビュアッとぶつかってくる。さむ。さむ。バジャー、ザボン。お昼のワイドショー、好き勝手政治家こき下ろして、どうでもいい懐妊情報に下世話なコメント、知らなくてもいい東の果ての天気、開花情報。男風呂から、痰をカーッとする音が聞こえてくるけど、空気、無味、何にも思わない。

「多分さ、一年半も会ってないと人って変わるし変わらないよね。」

「何が言いたいんだよw」

「でもさ、友達は友達なんだよね。一年半ぶりでも、真っ裸で聞きたいこと聞けるし、まだちょっと聞く勇気が出ないこともある。」

「ああ。」

 青汁のCM、サプリのCM、保険のCM、通販、通販、通販、時代劇、ヌスビトが御老公に成敗される。無言、時間時間時間、時間。サウナ、水風呂、外気浴、ぬる湯。

「話聞いてくれて、ありがとう。」

「いいえ。帰ってきてくれて、ありがとう。」

「ふふ。お風呂、一緒に入ってくれてありがとう。」

「沈黙共有してくれて、ありがとう。」

「なんよそれ。あ、ブラジャー見せてくれてありがとう。」

「やめろwありがとうって言ってくれて、ありがとう!」

「ねえ、なんで離婚したの?」

「そっちこそ!本当はなんで帰ってきたの〜〜〜?!」

「なんで旦那さんと別れたのってば(笑)御祝儀返せ!」

「一年半ぶりにあたしに連絡してきたの、なんでなのってば〜〜〜w?!」

「……もう!!離婚したなら、私と一緒に住みませんかー!!!」

「それめっちゃおもしろいじゃんーーーw!!!」

 グビ、グビ、グビ、……ぷはぁーーー。すっかりふやけた右手で仰ぎみた金色の液体、身体の中に満ち満ちて、二人は無敵。大人女子向け漫画の主人公ならば。恋愛小説の主人公ならば。未来の偉人なら。アスリートなら。おなら。プー。暴れ出す。私たちほんとの友達、二人ならありふれてるけれどもどこにもないような、新しい伝説作れるって信じて。二人きりだね、今夜からは、どうぞよろしくね。
 

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