市毛陽子

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記事一覧

小説 空気 17 七夕 (完)

私は寝そべりながら国語のノートを開いて、ぽけっとから鉛筆を取り出した。 授業で「七夕」についての詩を書いた。 授業時間内に終わらなかった人は宿題になった。 私は詩…

市毛陽子
11か月前
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小説 空気 16 像

昼過ぎからの日照りのせいで、帰りの挨拶をする頃には、校庭の水溜りも小さくなっていた。 横断歩道の信号を待つのも暑くて嫌になった。 森に入ると、幾らかは涼しくなる…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 15 後ろ

今週はずっと雨の日が続いた。梅雨だから仕方がないけど、外で遊びにくいのが難点だ。難点というのは、外で遊べないというわけではない。 むしろ、雨の日に外で遊ぶのは好…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 14 隣

今日もお兄ちゃんは現れなかった。 安堵しながらお家の前まで来ると、家の後ろの杉の木に巣のある大きなカラスがこちらを見ていた。この子は鳴くと「カアカア」といつも鳴…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 13 慣れ

その日の放課後、朝顔の苗を、兎小屋の後ろから用具倉庫の後ろへ植え替えた。加賀さんは家の手伝いがあるからと、帰りの挨拶をしたらすぐに帰った。私は朝顔の苗の伸び始め…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 12 内緒の花園

ブランコの事故が起こった数日後、クラスの席替えがあった。 川上先生はしっかりと願いを叶えてくれた。 私は窓際の一番後ろの席で、いつも静かな加賀さんの後ろになった。…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 12 内緒の花園

ブランコの事故が起こった数日後、クラスの席替えがあった。 川上先生はしっかりと願いを叶えてくれた。 私は窓際の一番後ろの席で、いつも静かな加賀さんの後ろになった。…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 11 すれ違い

帰り道の最後の横断歩道を渡り終えると、空を見上げながら歩いた。 高い白い雲と、灰色の低い雲が逆の方向へ向かって流れて行く。雲のおかげで風が見える。空は面白い。 森…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 10 運

クラスのみんなが帰っても、私はなかなか立ち上がれないでいた。 川上先生に何か言わないといけない事があると思ったが、何と言おうか考えていた。 教室の中は、私と川上…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 9 職員室

職員室の入り口まで来ると、どこへ行けば良いか分からずにそのままそこで下を向いたまま立っていた。周りを見渡すと、廊下にもやはり、指を差しながら少し離れたところでこ…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 8 ブランコ

休み時間になった。 校舎から子どもが沢山飛び出して校庭に散って行った。 1年生の頃は、他のクラスメイトが教室で授業中でも、一人で校庭の遊具で遊ぶ事も平気だった。し…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 7 ます計算

1時間目の算数の授業は、掛け算の100ます計算から始まった。 ます計算は、占いみたいで面白い。 私は、ます計算をする時は、すべてのマスに入る0を最初に書き入れる。次…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 6 痕跡

次の日の朝、玄関を出てからしばらく、明るい曇り空を見上げていた。少し気持ちが落ち着いてきたところで、学校へと歩き出した。 昨日お兄ちゃんと会った場所を通り過ぎた…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 5 悪夢

玄関の方から扉の開く音がした。祖父が帰ってきたようだ。私は玄関へ走った。 「おじいちゃん、おかえり。おんぶして。」 私は扉を閉めている祖父へ言った。扉を閉め終わ…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 4 テレビのニュース

居間に戻り、テレビを付けた。近くで寝ていた妹が寝返りを打ったので、慌ててリモコンを握り、音量を下げた。 お母さんがコーヒーカップを片手に居間のテーブルに座った。…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 3 助言

息を切らしながら、鍵のかかっていない玄関の戸をそっと開けた。家の中は真っ暗に近かった。居間を覗くと、2学年下の小学1年の妹が2枚並んだ座布団の上で昼寝をしていた。…

市毛陽子
11か月前

小説 空気 17 七夕 (完)

私は寝そべりながら国語のノートを開いて、ぽけっとから鉛筆を取り出した。

授業で「七夕」についての詩を書いた。
授業時間内に終わらなかった人は宿題になった。
私は詩を何個か書いたが、どれも気に入らなかった。きっと屋根の上で考えた方が、良い言葉が思いつくような気がした。だから宿題にした。

夏の夜明け前の屋根瓦の上は、少しだけひんやりして気持ちがいい。
先程まで光っていた星も、薄くなっていく。
そこ

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小説 空気 16 像

昼過ぎからの日照りのせいで、帰りの挨拶をする頃には、校庭の水溜りも小さくなっていた。

横断歩道の信号を待つのも暑くて嫌になった。
森に入ると、幾らかは涼しくなるが、最近は蝉の大合唱が頭を劈(つんざ)いてくるようになった。夏は耳を塞ぐイメージを毎日何度も使うことになる。夏は大変だ。

下を向いて歩いていると、新しい轍を見つけた。目の前で急に折れ曲がっている。この場所は、前に見た、急に折れ曲がったタ

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小説 空気 15 後ろ

今週はずっと雨の日が続いた。梅雨だから仕方がないけど、外で遊びにくいのが難点だ。難点というのは、外で遊べないというわけではない。
むしろ、雨の日に外で遊ぶのは好きだ。土砂降りの日などは、そこら中に水が流れて、そこら中に川ができて、それらを堰き止めたり蛇行させたりしながら無限に楽しく遊べる。
ただ、お母さんはいい顔をしない。
「服が汚れて仕方ないから、雨の日は外で遊ばないで。」
とか言ってくる。

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小説 空気 14 隣

今日もお兄ちゃんは現れなかった。
安堵しながらお家の前まで来ると、家の後ろの杉の木に巣のある大きなカラスがこちらを見ていた。この子は鳴くと「カアカア」といつも鳴く。だから、私は自分の中で、カアカアちゃんと呼んでいた。
「ただいま。」
と呟いてお家に入った。

玄関を開けると、いつもよりやけに静かだった。お母さんの靴が無い。居間を覗くと、片隅に用意してあった大きな荷物も無くなっていた。
その時
「カ

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小説 空気 13 慣れ

その日の放課後、朝顔の苗を、兎小屋の後ろから用具倉庫の後ろへ植え替えた。加賀さんは家の手伝いがあるからと、帰りの挨拶をしたらすぐに帰った。私は朝顔の苗の伸び始めた蔓がしっかりフェンスを掴めるように植えた。
ランドセルを取りに教室へ戻ると、まだ先生はクラス一人一人の理科の観察ノートに花丸とコメントを書いていた。
私がランドセルを取りに教室に入るないなや、
「佐々木さん、あなた今日は何をしていたの?」

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小説 空気 12 内緒の花園

ブランコの事故が起こった数日後、クラスの席替えがあった。
川上先生はしっかりと願いを叶えてくれた。
私は窓際の一番後ろの席で、いつも静かな加賀さんの後ろになった。
これでいつでも空を眺めることができる。

小山は廊下側の一番前になり、また後ろの席の人に強引に話を聞かせている。
「今度の夏休みはどこへ行くの?私はシンガポールへ行くの。」
「へーそうなんだ。」
「お手紙出してあげるね。」
「・・・。」

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小説 空気 12 内緒の花園

ブランコの事故が起こった数日後、クラスの席替えがあった。
川上先生はしっかりと願いを叶えてくれた。
私は窓際の一番後ろの席で、いつも静かな加賀さんの後ろになった。
これでいつでも空を眺めることができる。

小山は廊下側の一番前になり、また後ろの席の人に強引に話を聞かせている。
「今度の夏休みはどこへ行くの?私はシンガポールへ行くの。」
「へーそうなんだ。」
「お手紙出してあげるね。」
「・・・。」

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小説 空気 11 すれ違い

帰り道の最後の横断歩道を渡り終えると、空を見上げながら歩いた。
高い白い雲と、灰色の低い雲が逆の方向へ向かって流れて行く。雲のおかげで風が見える。空は面白い。
森に入り、空が小さくなると、仕方なく前を向いて歩いた。
先生はお母さんを素敵な人と言った。嬉しかったのに、違う、とも言ってしまいそうになったことを思い出した。
川上先生も
「世の中そんなもん。」
と言うだろうか。
折れ曲がった轍の所まで来た

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小説 空気 10 運

クラスのみんなが帰っても、私はなかなか立ち上がれないでいた。
川上先生に何か言わないといけない事があると思ったが、何と言おうか考えていた。

教室の中は、私と川上先生だけになった。

先生はテストの丸付けをしていた。
私は先生の机へ静かに近付いていった。
先生の側まで来ると、先生はこちらを一瞥もしないで言った。
「運が良かったわね。高田くんも正直で。」
川上先生が解決してくれたと分かった。
「あ、

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小説 空気 9 職員室

職員室の入り口まで来ると、どこへ行けば良いか分からずにそのままそこで下を向いたまま立っていた。周りを見渡すと、廊下にもやはり、指を差しながら少し離れたところでこそこそ話している人たちが見えた。私はこれから先生に叱られるのかもしれない。その場面を見に来たのだろう。

その2年生の先生は、怪我をした生徒を保健室へ連れて行くと、職員室へ入った。そして名簿を開き、怪我をした生徒の自宅へ電話をかけた。
中々

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小説 空気 8 ブランコ

休み時間になった。

校舎から子どもが沢山飛び出して校庭に散って行った。
1年生の頃は、他のクラスメイトが教室で授業中でも、一人で校庭の遊具で遊ぶ事も平気だった。しかし、3年生になって、担任の先生が口うるさい人になってしまったため、そうもしにくくなっていた。

やはり休み時間は良い。他の子どもに紛れて、どの遊具でも遊べる。
私は、4個並んだブランコの右から二番目を漕ぎ始めた。
朝曇っていた空は完全

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小説 空気 7 ます計算

1時間目の算数の授業は、掛け算の100ます計算から始まった。

ます計算は、占いみたいで面白い。

私は、ます計算をする時は、すべてのマスに入る0を最初に書き入れる。次に、全てのマスに入る1を全て書き入れる。次は2を全て書く、というように、9まで順に数字を埋めていく。もし、3を書き入れ始めてから、1や2を書きそびれてしまった箇所を見つけても、書かないようにして、全部で何個空欄ができてしまうかを数え

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小説 空気 6 痕跡

次の日の朝、玄関を出てからしばらく、明るい曇り空を見上げていた。少し気持ちが落ち着いてきたところで、学校へと歩き出した。

昨日お兄ちゃんと会った場所を通り過ぎた。
2人で座っていた所の草原に、痕跡が少しあるくらいで、あとは特に何も気配を感じなかった。

木立に入り、背後から車の気配がした。細い道の端へより、車が通り過ぎるのを待った。車の中で、近所のおじさんが微笑んだ。私はコクリと軽く会釈をした。

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小説 空気 5 悪夢

玄関の方から扉の開く音がした。祖父が帰ってきたようだ。私は玄関へ走った。

「おじいちゃん、おかえり。おんぶして。」
私は扉を閉めている祖父へ言った。扉を閉め終わると、私の方を見て淡々と言った。
「重いからなぁ。」
祖父は肩からかけていた竹割用の鉈(なた)を下ろし、腰に掛かっていた植木の鋏(はさみ)を外して鉈の横に置き、腰を下ろした。
「じゃあいいよ。」
私は祖父の背中に向かってそう言うと、その背

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小説 空気 4 テレビのニュース

居間に戻り、テレビを付けた。近くで寝ていた妹が寝返りを打ったので、慌ててリモコンを握り、音量を下げた。

お母さんがコーヒーカップを片手に居間のテーブルに座った。

「今日の主なニュースです。〇〇県警の不祥事、警察の覚醒剤事件隠蔽の闇が明らかになりました。・・・」

私はお母さんを見た。お母さんは無表情でテレビを眺めている。

この前の日曜日にテレビの討論番組を見ていた時、お母さんと議論したことを

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小説 空気 3 助言

息を切らしながら、鍵のかかっていない玄関の戸をそっと開けた。家の中は真っ暗に近かった。居間を覗くと、2学年下の小学1年の妹が2枚並んだ座布団の上で昼寝をしていた。まだよく眠っている。
隣の台所も暗かったが、ガスコンロの真上の小さな明かりだけつけて、お母さんが何か炒め物を作っていた。私は水を飲もうと台所に入った。
「お母さん、ただいま。」
そう言いながら、コップに水を汲み、飲みながらお母さんを見た。

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