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たいした問題じゃない
乗った時はまだ空いていたのに、徐々にバスは混んできた。
「イヤッ、ここはわたしの席なの!」
突然、乗ってきたばかりの女性が、わたしの方向を指差して叫んだ。
びっくりしてこちらを見る者、逆に目を背ける者、ヒソヒソ話しする者…
私は、ちょっと考えて、
「ごめんなさい、どうぞ」
と立ち上がり、まだ空いていた席に移った。
人はそれぞれ見えている景色が違う。
その人にとっては、いつも座る席に座らな
どこにでもいる、ちょと変な人
今、一番辛いことは、職場の、いわゆる関係機関というか、そういうところの人に、わたしを怒鳴り付ける人がいるということです。
私は小さい心の人間なので、年下の人にそんな風に上から目線の態度をとられると、すごく我慢できないと感じてしまいます。
私は、なかなかスムーズに喋れなくて、少しどもったりするのですが、その時、「はぁー?!」とすごまれました。
それが、昨日のことで
その前も、癇癪をおこされて
ASDかもしれないひとからみた世界(4)
「普通」の素晴らしさ
どんなにか、「普通」に成りたかったか。
でも、どんなに願っても、
どんなに頑張って努力しても、
それは叶わなかった
歩き方も変だと言われたし、
喋り方も変だと言われたし、
笑い方も、声の大きさも、
ダメ出しばかりされてきた
普通って、どうやるんだろう...
”一様”では無い
ブラックアスペ=大切にされなかったひと
ホワイトアスペ=大切にしてくれるひとが身近に居たひと
上手に生きるためには
小さい頃、とても恥ずかしい思いをしたことがある
ひどいことをして後悔したこともある
授業中、当てられて答えたのが間違っていたり
友達の好きな人とつきあってしまったり
調子にのって喋りすぎたり
たくさん、たくさんある
でももう何年もたっておとなになったら、もうみぃ~んな笑い話になっている
もうすぐ、辛いことがやってくる
ショックなことがやってくる
想像しただけで涙が出てきそうなこと
耐えられ
人を評価する、ということが無くなれば、世の中はきっともっと良くなるとおもう
ASDかもしれなひとからみた世界(2)
「わたしは、フツウの人ではないかもしれない」
そう思うことが出来るようになったことで、少し、いや随分楽になった。
しかしそれが解る前は、とにかく納得できなくて腹の立つことばかりだった。
とにかく、話が通じない。
といっても、国語力がない、というわけではない。学校の国語の成績は、いつも一番だったし、作文で賞をとったことも何度もあった。とにかく口頭でしゃべることが苦手。
「わたしは○○だと思います」と
ASDかもしれないひとからみた世界
...それはどんなものでしょう。
(ただし、ほんの一例です。個人差があるからです)
まず、自分が「フツウ」と思っていることと、真反対の理論が繰り広げられています。「ゼッタイおかしいダロ!」と思ったことが、「正解」とされています。
んだもんで、歳を重ねるにつれて、「正解」が解らなくなってきます。
そして段々と自分に自信が無くなってきます。
「正解」を教えて欲しくて、
幼少期には、人生で初めてにして唯