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蒲郡の海を見に行った日

海を見たらかなにが変わると思っていた

中学生時代

そんなロマンチックな

感覚なんて訪れはしなかったが

あの日の海の表情だけはよく覚えている

人間関係に嫌気がさしていた

学校という狭い世界に

大量の子どもたちが集められ

感情の制御なんて効かない

年頃なのだから

当然イジメというものが発生する

見た目で決まるヒエラルキー

顔の造形

体型や運動神経

あたまの良し悪し

成長度合い

浴びせられる誹謗中傷に

際限はなくて

意味も分からなかったが

誰もがそこでは

誰かの上に立ちたがっていて

笑う側の人間でいたいと

望んでいるように見えた

とにかく毎日が悪い感情に

晒されていた僕の心は

荒んでいた

喋れば笑われて

動けば指を刺されて

生きているだけで

何かと小言を言われて

通うのが苦痛で仕方なかった

口では勝てないから

ケンカになって

ケンカになっても

結局は負けて

惨めな敗北者に

差し伸べられるのは

さらに冷たい扱い

教師も僕みたいな面倒な奴を

みるのは嫌そうにいつも適当にあしらい

挙げ句の果てに僕の親に向かって

愛情を持ってお子さんを

育てているのですか?と

いってきた始末

自分たちは僕を

適当にあしらって

まともに見ようとも

しなかったくせに

よくもまあそんな事が

言えたものだなあと

逆に関心してしまったぐらいだ

とにかく大した奴なんて

その学校には一人としていなかった

僕にとっての安らぎは

学校にはなかったし

家に帰れば

そんな学校の事が頭から

離れなくて悲しくて辛くて

嫌で嫌でたまらなくて

思い出したくないのに

思い出してしまうから

泣いてばかりいた

どうして自分だけ?

なんで自分だけ?

問いかけたって

結局昼間の悪魔たちが

枕元に現れてきて

お前が悪いからだと

けらけらと笑いだすから

夜が嫌いだった

昼間だって嫌いだった

毎日の様に

悪意に晒されていくと

何かを考える事は無意味だと

思うようになる

自尊心なんて意味がない

言われっぱなしでも

理解しなければ雑音と一緒だ

次第に僕はそう思う様になり

あまり誰とも話さなくなった

話さなくなったらなったで

いじめがなくなると

思っていたがそんな事は無く

イジメはちゃんと存在していたが

ただそれが僕にはもう関係ない事であり

ただ今日は風が強く吹いている

ただ今日は雨が強く降っている

と言った類のように思える様になり

いちいち反応しなくなっていた

教師は僕のそんな態度に対して

自分から動かなければ友達は

できませんよと言っていたが

だからって彼らが何かを

してくるわけでも無く

車の廃棄ガスの様に

視界を一瞬曇らせ

勝手に消えていった

何かが変わればなという

期待感だけは僕の頭の中にも

まだ残ってはいた

ある日ふらっと僕は家をでた

家出がしたかった訳じゃない

別に何かが変わる訳でもないのに

ふと海が見たいと思ったんだ

日曜日の朝

電車に乗って蒲郡に行った

愛知環状鉄道からJRに乗り換えて

蒲郡まで揺られながら

車窓からの景色をぼんやり眺めていった

川や田んぼ

岡崎の街並み

幸田の山間の景色

見知らぬ景色に触れて

凝り固まった心が少しほぐれた気がした

楽しいって思える気持ちを

久しぶりに味わえた気がした

日曜日だったから蒲郡駅は

人でごった返していた

駅にあった町の地図を見て

竹島水族館の方角に向かって

僕は歩き始めた

駅を出ると微かに潮の香りがした

眩しい日差しに目の前が一瞬白くなって

それからゆっくり景色が戻ってきた

駅からまっすぐに歩いていくと

大きなショッピングモールが見えてきて

通り過ぎるとその向こうに堤防が見えた

堤防に沿って僕は竹島水族館の方へと

歩いて行った

堤防の向こうからは絶えず

波の音が聞こえてきた

堤防によじ登り

見えた海は太陽の光を受けて

キラキラ輝いていた

その光は別に僕に神がかった啓示的な

何かを示してくれた訳でもなかったが

青くうねり堤防にぶつかっては白く

弾けて生き物の様に見えて

恐ろしくもあり見ていてなんだか

ワクワクしてしまうくらい

魅力的な感覚に浸る事ができた

飽きる事なく諦める事なく

繰り返しぶつかる波の塊

何かが変わる訳でもないのに

それでも愚直に続けていく自己主張、、

僕は竹島水族館まで歩いて行った

そうして竹島へと続く橋を渡って

海に突き出した岩場に腰を下ろして

しばらくそんな波にもたれるように

眺めて浸っていた

沢山の人が竹島橋を渡っては戻っていくのを

見ていた

海鳥たちが飛び回る姿を見ては

自由に空を飛んでみたいなあと思ったんだ

波音に揺られている間は嫌な感覚は

忘れていられた

何も思い出さなかったし

何も言われなかったし

ただ僕は望むままにそこにいる事が

できた

蒲郡の海を眺めていても

誰にもとやかく言われなかった

幸せな時間だった

その時だけはなんだか

温かい気持ちで自分の事を

大切にしてやれそうな感覚だった

蒲郡の海に救われたんだと

ロマンチックに言いたいけれど

そんな事を言ったらまた誰かに

笑われてしまうから

僕は何も言わない

結局は何も変わらない

ロマンチックな出来事なんて何もなかったんだ

僕の思い出の中に刻まれた

あの日の海の青さと美しさは

誰にも汚させない

僕だけの内緒話

自分の心は自分で守っていく

蒲郡の海が優しく手を差し伸べてくれた

あの日を僕は今でも忘れない


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