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原宿の竹下通りで黒人とおしゃべりしたら見えた世界

若者の街こと原宿の竹下通りには昔から黒人の男性達がいて、よくわからない服をめちゃくちゃ売りつけてくる風習があることをご存知ですか?

私が原宿に通っていた13年くらい前には既にいたのを覚えています。当時高校生の私にはかなり怖かったです・・・。

キャッチと話してみた

先日、どうしても竹下通りを通らなければならず、仕方なく歩いていたら黒人のキャッチに話しかけられました。竹下通り自体来るのが本当に久しぶりだったので、まだこういうのやってるんだ・・・と、正直思いました。

話しかけてきたのは黒人男性で、"How are you?"と言いながら握手を求めてきました。私は"Good, thanks"と答え、握手を受け入れました。するとその人はびっくりした表情で、英語で「えっ!どこの国の人?」って聞いてきました。

以下、英語の会話を日本語で再現(黒人男性=黒):
私「日本人だよ〜」
黒「そうなんだ!」
私「あなたはアメリカ人?」
黒「いや、ジャマイカ人だよ」
私「ジャマイカの公用語は英語なの?」
黒「そうだよ」

私「何の仕事してるの?」
黒「服屋をやってる」
私「誰をターゲットにしてるの?」
黒「ここを通る人すべてだね(笑)」
私「あなたはそこの営業をしてるってこと?」
黒「そうだね」

黒「どこに住んでるの?」
私「東京」
黒「ここも東京だけど(笑)」
私「東京の〇〇区だよ」
黒「良いとこだねぇ〜」
私「あなたは?」
黒「埼玉だよ。遠いよ」
私「遠いね!毎日通ってるの?大変だなぁ」
私「何時に仕事終わるの?」
黒「19時半くらいかな」
私「それから埼玉に帰るのか・・・大変だ・・・」

私「竹下通りは10年前くらいから来てるけど、あなたもずっとここで働いてるの?」
黒「そうだね」
私「大変だなぁ」
黒「コロナの時は本当に大変だったなぁ」
私「ここにそんな長く住んでるなら日本語もしゃべれるの?」
黒「うん。しゃべれるよ(流暢な日本語で)」
私「すご!!ここまでできるようになるの大変だったんじゃない?学校に通ったの?」
黒「いや、通ってない」
私「なおさらすごい!!漢字は読めるの?」
黒「読めない(笑)漢字難しすぎ!でも日本人も読めないでしょ」
私「読めない人もいると思うけど読めた方がスマートではあるよね」

私「そろそろ行くね。話せて楽しかった!」
黒「おう!俺ザックって言うんだ。君の名前は?」
私「リリー(私の英語のニックネーム)です」
黒「話せてよかったよ、リリー」
私「いつも君たちのことめっちゃ怖いって思ってたけど、こうやって個人として話すといろいろ見えてきて面白かった。ありがとう」
黒「俺もだよ」
私「お仕事頑張ってねザック!Bye」

ざっくりいうとこんな感じの会話でした。途中で「どうせなら店見て行かない?」とかセールストークされたけど丁重に断りました。笑

私のジャマイカについての知識が薄すぎて、あぁ勉強不足だな、って思いました。ジャマイカといえばレゲエが有名です。後で調べてわかったことですが、ジャマイカはイギリスの元植民地であるため、公用語が英語なんですね。元々アフリカ大陸にいたはずの黒人がなぜ遠く離れた中米ジャマイカにもいるかというと、奴隷制度の名残なんだそうです。

日本に移住する理由

ザック含め、ああいう仕事をしている人たちはおそらく不法移民なんじゃないかなー、なんて私は思っていますが(違ったらめちゃくちゃ失礼ですが)あれだけ流暢に現地の言葉をしゃべれるようになるっていうのはそれだけで立派だと私は思います。ましてや毎日時間をかけて東京まで出てきて仕事をちゃんとこなしているわけで。きっと自国の情勢不安だったりとか、もしくは犯罪歴があるとかいろいろ複雑な事情があって日本に来たんだと思います。けれども、どんな人間もまずはサバイブしてどうにか生きていきたいと思うのが生物として当然の心理だと思うんです。これは昨今の世界情勢で何の罪もない人たちが難民となり厳しい状況に置かれている状況を見ていて心苦しくなり、思うようになったことです。

見えない差別

日本は無意識の差別が多いように感じます。私も数人程度ですが日本に住む外国籍の方々を知っていて、おそらく彼、彼女らもそういう見えない差別を日々感じているんだろうと思います。こういったことを指してマイクロ・アグレッションという言葉もあります。

言葉の壁も大きいです。日本人は普段から当たり前に使っているためあまりピンとこないかもしれませんが、日本語は数ある言語の中でも難易度が最高レベルの言語だと言われています。つたない日本語を話す外国人に対してイライラするのではなく、まず挑戦していること自体がすごいことだと理解してあげてほしいです。こういうことは日本に住んでいれば多数派の我々日本人はなかなか気付きづらいことです。明らかな人種差別や性差別は論外ですが、悪気がない、何が悪いかもわかっていないみたいな人が一番厄介だと私は思います。そしてそういう人は個人単位ではなくマス単位、つまり集団で人を見る傾向にあるように感じます。

当然一人ひとりについて細かく知るなんてことは無理があるので、ある程度人種や国ごとの傾向でイメージを持つことはあって当然だとは理解していますが、それでも一人ひとりが違う個性を持った人間であることは心得ているのといないのとでは大きな違いが生まれると思います。だからこそ私は怖そうに見える黒人キャッチの人と話してみたのです。

一人ひとり違う背景

やっぱり人は個人レベルで見ると一人ひとりストーリーがあって面白いです。終盤の会話からもわかると思いますが、明らかにビジネスのそれとは違う人間らしい心の交流が生まれていました。そういえば海外に住んでいた時はUber(タクシーみたいなサービス)ドライバーと今回のような話をよくしていました。そういう人たちは移民で、より良い生活を求めて移住したみたいな人が多かったです。今回はちょっと人と話す気分だった時に話しかけられたから会話してみただけですが、私は人に話しかけられるのはあんまり好きじゃないので、普段はああいう押し売り系には反応しません。だからザックはラッキーです笑

最後に

これを読んだ方が竹下通りに行くことがあった際は、黒人キャッチの人たちを見かけても過度に怖がらずに「あの人達も自分と同じ一人の人間で、知らないだけでいろんな背景があるんだろうなー」なんて思いながら素通りしていただければと思います。興味があれば別ですが、相手しても多分押し売りされるだけなので別に話さなくていいと思います笑

ザックに、皆に幸あれ!

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