自分の容姿を気にするなんて、馬鹿げてると思っていた。
ずっと前髪を整えている女子。
「私ってブスだから」と自虐的な発言をする女子。
ダイエットをして摂食障害になる女子。
二重まぶたになるために必死に稼ぐ女子。
幾つ年を重ねても、
周囲の女の子たちの間で、
「容姿」の話題は尽きなかった。
私は小賢しいガキンチョだったので、
「そんなことマジでどうだっていいから、
必死に勉強でも読書でもすればいいのに。
チャラチャラして馬鹿みたい。」
と、言い放っていた。おそらくドヤ顔で。
ふと気づけば、
薬局で買える298円の色つきリップから、
海外での数百〜数千万円規模の美容整形へと
“容姿を整える”ことに関するスケールは
どんどん大きくなっていた。
YouTubeを観ると、私と同世代の女の子が、
顔をパンパンに腫らして、ダウンタイム中の自分を発信していた。
「めちゃめちゃ痛そうだし、大金を積んでまでやるほどのことなの?というか、元の顔で十分だと思うけど、、、」
驚きを持って眺めた記憶がある。
それからしばらくは、
人並みにお洒落したりメイクしたり、
たまに痩せてみたいと思ったりしながら、
私は、相変わらず「容姿へのこだわり」と、
付かず離れずの関係を維持していた。
つい最近、均衡が少し崩れた。
久しぶりに、異動前の職場で一緒に働いていた男性の先輩と会って、二人で飲んだときのことだった。
会話の中で、
「○○(私)さ、結婚してから、
なんか綺麗になった。可愛くなった。」
と言われたこと。
別に大した意図は無かったはずだ。
彼は、その瞬間に私へ抱いた感想を、
ごく自然と零しただけだった。
先輩は、少なからず酔っていたし、そんな発言をしたことすら覚えていないだろう。
もともと、その先輩は、他人の容姿を取り上げて、とやかく言うタイプではない。
そういう話題が、いかにセンシティブで下品になりがちかを素で理解していて、どちらかと言うと、あえて避けるような人だ。
彼はきっと、一緒に働いたり、個人的に色々な話をしたりするうちに、私との信頼関係が出来上がってきたから、そう言ったのだと思う。
私の粗野な性格も踏まえて、あえて繊細な配慮をせず、「綺麗になった」と素直に褒めてくれたのだと思う。
それ以上でもそれ以下でもない。
でも、
だからこそだろうか。
お世辞じゃないってことは、
本音だからだろうか。
妙に深く心にグサリと入ってきた。
鈍く、変な刺さり方をして、
鉛みたいに重く埋まって、
今日になっても、未だに取れない。
嬉しくなかったわけじゃない。
というか、めちゃめちゃ嬉しかった。
それはもう、狂喜と言えるほどに。
ほとんど味わったことのない奇妙な高揚感がわきたっていて、数週間たった今も、
その一言だけをひどく鮮やかに覚えている。
麻薬的だ。
そして、
容姿を褒められたその快感を反芻するたび、
その後に続いて、必ず、
恐るべき疑問が溢れ出してくる。
もしかして、結婚前はあんまり可愛くなかったってこと?
もしも、「結婚してからブスになったな。笑」と言われていたら?
というか、この人、私の容姿、本当はいつもジャッジしてるのかな?
先輩後輩としてたくさん関わって、関係を築いたのに、「外側」について今更言及するの?
ああ、そういえば、
あの居酒屋のお手洗いで私とすれ違った他人は、私の外見について何か思ったりしたのだろうか?
そんなことを考えると、
全世界の視線、
その矢印が私を向いているような気がした。
大袈裟だって解ってるけど。
ほとんどは妄想だと解っているけど。
息が詰まる。
ずっと前髪を整えている女子。
「私ってブスだから」と自虐的な発言をする女子。
ダイエットをして摂食障害になる女子。
二重まぶたになるために必死に稼ぐ女子。
あの言葉たちを、あなたのことを、
奥深くまでちゃんと聴いてみれば良かった。
前髪がぐしゃぐしゃで、笑われたことがあるのだろうか。
「ブス」と言われたことがあるのだろうか。
自分の体型に絶望したことがあるのだろうか
「自分が二重だったら」と、指紋だらけの鏡の前で何度も何度も思い描いたのだろうか。
「綺麗になった」と褒められただけでも、
そんな些細な、些細過ぎることですら、
こんなに変な気分なのに。
どれくらい愚かだったかと思った。
だって、
私、
その痛いナイフで切りつけられたこと、
一度だって無かった。
私が強かったわけではなくて、
たまたま、
他人の視線を、自らの容姿への評価を、
乱暴に投げつけられてこなかっただけだ。
偶然、“通り魔”に刺されなかっただけだ。
誰に対してか分からないけれど、
今なんだかとても謝りたい。
ほんとうに、よくわからないけど、
この出来事と、それに伴う感触を、
忘れないでいたい。
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宵闇とニンゲンに紛れ、 プチ贅沢に全力投資しますホッホー🦉 そしてより良いエンタメを貴方へ...