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Written by Takashi KUNO
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プロローグ

プロローグ

なにを思い出そうとしていたのか 思い出せない
言葉になるまえに通り過ぎていったイメージは
ぼんやりと浮かんでいる
まだ わたしの内側の空間に
そこには地面なんてないんだけれど
誰かが立っているのが見える
わたしかもしれないし あなたかもしれない
いずれにしても 原作には登場しない人物
原作って?
オリジナルのストーリーを書いた誰かがいて
わたしたちはそのひとのストーリーには登場しない人物
どこに立

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演劇をはじめるには

演劇をはじめるには

 コピー用紙を手にしたふたり。
 向かい合って立っている。

わたし  こんにちは、
あなた  こんにちは、
わたし  いまからここでするやりとりを、演劇にしてみようと思うんですけど、いいですか?
あなた  えっと、それは……演劇?
わたし  はい、
あなた  なにか特別なことをするんですか?
わたし  いいえ、あ、いや、特別といえば特別かもしれない、
あなた  わたし、そんな、特別なことはできま

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夏の指先

夏の指先

わたしが経験する
すべての楽しいことは
すでに終わってしまって
彼らの化石が眠った地層に
ゆっくりと浸み込んで
二度と地上へは戻ってこない

そんな気分の夜の空気の
二酸化炭素の濃度の分だけ
閉じたまぶたの隙間から
こぼれ落ちていく時間と時間を
縫い合わせてもまだ足りない

彼女のゆれる
スカートのテキスタイルに
吸い込まれていく光の粒が
赤血球と白血球のあいだを泳いで
指先で折り返した
あの夏の

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宇宙服

宇宙服

映画の中に出てくる宇宙服って
わたし好きなんです

身動きとりづらそうな寸胴のシルエット
生命維持装置
ガラス越しに見る星々

仲間がそばにいても
通信機を使わなければ
声も届かない

ああ これはわたしたちの姿だなって
思いませんか

少なくとも
わたしの姿だとは思う

ああ 帰ったら湯船に浸かりたい
それまでは宇宙船につながれて
ふわふわするしかやることない いや

いろいろ研究したり
メカの

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無傷のままで

無傷のままで

無傷の鹿が走り抜けていった

わたしはかまえていた銃を下ろし
梢をかすめて差し込む光が
さっきまで鹿のいた場所をふちどるのを
ぼんやりと眺めていました

今日はもう帰ろう

そう思ってわたしは山を下り
田園都市線で渋谷へ

スクランブル交差点の信号が
変わるのを待っているあいだに目にした
向かいのビルの大型ビジョン
その中に広がった森の奥に

見憶えのある鹿の姿がありました

東京は夜の7時

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白い犬

白い犬

腕の中の子犬の
真っ白い毛をなでる

眠そうな目
まぶたが落ちそうで落ちなくて
落ちそうで落ちなくて

落ちて

テレビを見てたら彼はもう眠っていた

数式の並ぶ紙に目を落とす
設問の意味すらわからなくて
たぶんわたしは卒業できない

数学できない
留年したくない

でもいいんだ
わたしはこの学校2回目だから

一度は出てるから2回も出る必要ないって
わかっているのに焦る気持ちだけ募ってわーっとな

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この部屋

この部屋

ハロー

アイキャントスピークジャパニーズ

わたしは日本語がしゃべれません

でもいまどうですかこれ
日本語をしゃべっているように聞こえませんか

聞こえますよね

ハローハロー

わたしは英語であなたに語りかけています

「わたしは英語であなたに語りかけています」って
英語で言っています

演劇って便利ですよね
日本語をしゃべっていても
日本語以外をしゃべっているようにもできる

「演劇って便

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自転車

自転車

多摩川をずうっと下っていくと
羽田空港に着きます

自転車を買っていちばん遠出したのって
あのときかもしれない

その日 わたしは
多摩川沿いの道をひたすら
クロスバイクで走りました

クロスバイクって
ロードバイクほど本格的ではない街乗り用の
でも タイヤも細くてサドルも硬くて
かなり前傾姿勢にならないと乗れないっていう

そういう自転車なんですけど

よく晴れた春の日で
全然寒くもないし
ちょ

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腕時計

腕時計

中学校に入るとき
父に腕時計を買ってもらいました

わたし その時計をまだつけています

ガラスに引っかいたような傷がついているのは
中学生のころにはもうそうだったから慣れてしまったし
それなりに雑に扱ってもいいやって思えているのは
それもひとつの理由で
だからこそずっとつけていられるのかもしれない

シルバーのシンプルな腕時計

これから中学生になる自分のセンスで買ってもらっていたら
きっとこん

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絵

 ギャラリー。絵の前に立つひとがいる。

わたし  絵の前に立ちたいという気持ち、ですよね、絵を見たいというよりは、絵の前に立ったら絵も見るんですけど、もちろん、でも、いや、立つときは絵が見れる場所に立つんで絵は見たいんですよ、もちろんね、でも、立ったときはじまるわけですよ、絵とわたしの、あれが、あれですよ、あれっていうのは、関係、というか、交流というか、色とかたちがあって、わたしはその前に立って

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テレビ

テレビ

 浜辺。海を眺めるひとがいる。

わたし  ときどき来るんですよ、海、こうして見てると、心が休まるっていうか、落ち着くっていうか、いつまで見てても飽きないし、家、近所だし、朝の海も、昼の海も、夜の海も、晴れてる日も、曇ってる日も、雨の日だって、いやなこととか全部忘れられるっていうか、っていうかまあ、家に帰るまでにはほとんど思い出しちゃうんですけど、でもね、へんな話、海ってわたしにとって、最高の、ほ

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マイアミ・ビーチ

マイアミ・ビーチ

テキストファイルをスクロールする

現れては消えていく
書きかけのテキストは

ただのメモ
文章未満の単語の羅列

つながっていくはずだった
いくつものエピソードが

ルートを断たれて
モニターの白い空間に
浮かんだまま

南のほうへ
南のほうへ

わたしは南に向かっています

マイアミ・ビーチ

海岸線をなぞる
その指先に

書かれなかった話
会わなかったひと
誰の耳にも届かなかった音楽

夏の

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