安楽死を認めるべきか否か~少子高齢化、個人の尊厳、自殺教唆、同調圧力~
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とあるポストが、X(旧Twitter)のタイムラインに流れてきた。
このポストは『安楽死』の賛否について、賛成派・反対派の双方の意見をまとめたとするものである。
このポストについては、"醜悪だな" としか言えない。
これは "リベラル左翼" と呼ばれる層や "限界ネトウヨ" と呼ばれる層がよくやる手口だが、自身の主張に都合がよい意見は丁寧にまとめ、都合が悪い意見については、まるでバカしかいないかのように見せている。
アカウント名が「日本安楽死協会 #国は安楽死を認めてください」であり中立を装う必要がないのだから、このような卑怯な手を使うのではなく、まともな反対意見を真っ向から論破すればよいのだ。
とはいえ、「安楽死賛成派に卑怯なアカウントがいたから安楽死はダメだ」とするのもおかしな話である。
そこで本記事では、今後ますます求める声が大きくなるであろう『安楽死』について、私の立場と考えを綴ろうと思う。
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安楽死を求める者の主な理由としては、少子高齢化による社会保障の圧迫や、"生きることがつらいから楽に死なせてほしい" などが挙げられるだろうか。
それに対し、反対派の意見は以下のようなものだろうか。
・圧力によって安楽死に追い込まれる者が現れる懸念(現行法の自殺教唆罪にあたる行為を助長するのでは)
・社会の風潮として、「高齢者や病人は安楽死するのが当然の義務」のような同調圧力を生んでしまわないか
・病気による錯乱や落ち込みによって、本来の意思とは違う判断をして安楽死を選択してしまわないか
・安楽死は "耐えられない苦痛" の際に認められる国が多いが、客観的にこれを判断することができるのか、または正しいと言えるのか
・罪を犯したわけでもない者に対して、国家が "死ぬ許可" をわざわざ与えてよいのか(現行法においては、自殺は違法ではなく、国は自殺を許可も禁止もしていない。安楽死制度を認めることは、国が国民の生死に口を出すことになる)
・自殺ほう助罪にあたる行為と何が違うのか(現行法では、生命に関しては個人的な権利であるため、自殺者の自己決定権が尊重されるべきとして、自殺に協力することは罪とされている)
安楽死制度の是非は国民の死生観に強くかかわるものであり、賛否が激しく割れるのも当然のことと言えよう。
そのうえで、私の主張を言えば以下のようになる。
私は、"ある条件"を必要とするのであれば、安楽死制度の導入に賛成する。
そしてこの "ある条件" というのが、
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