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短編小説

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2022年1月の記事一覧

短編【冬の終わりのスノウ】小説

短編【冬の終わりのスノウ】小説

以前の仕事とはまったく真逆の職場に初めはずいぶん当惑した。
ほとんど座りっぱなしのデスクワークから足腰を使うフィールドワークへ。
汗ひとつかかない冷房が完備された室内から雨、風、太陽に晒されてる屋外へ。

私がこの移動動物園に働きはじめて半年が過ぎた。
この仕事のために、自慢だった長い髪もバッサリと切った。

命を扱う仕事だ。
神経をつかう。
体力も使う。
だけどこの半年、一度も大変だと思った事は

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短編【アレがいる】小説

短編【アレがいる】小説

小学生ニ年生の時に僕は異常な怖がりになった。
一人でトイレへ行けなくなるくらいに。
もしかしたらトイレにアレがいるかもしれない。
夜の窓ガラスも見れなくなった。
もしかしたらそこにアレがいるかもしれない。

そう思うようになっていた。
ずっと誰かに見られている気配がする。

三人兄弟でいつも一番上の姉の背中にしがみついて行動していた。
急に異常な怖がりになった僕をみて、姉は最初は戸惑っていたけれど

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短編【ばあちゃんとポプリの匂いと糞坊主】小説

短編【ばあちゃんとポプリの匂いと糞坊主】小説

気付きはしないとでも思っているのだろう。音だけの読経が惰性で響いている。

それなりに広い十二畳の畳間だけど大人が十人も正座をして二列にならべば、かなり手狭になる。
その十二畳の仏間を糞坊主の読経が支配している。

私はその支配から逃れたくて読経の途中で席を立った。隣に座っていた姉の里佳子が私の動きを察し眉をきつく顰め、いい加減にしなさいと無言で制した。私は気づかないフリをして襖の向こうの居間へ出

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短編【タイムマシンがあったなら】小説

短編【タイムマシンがあったなら】小説

「それでお父さんは大丈夫なの?」
「はい。左足の骨折だけですんで。それよりメンタルの方が。相当落ち込んでます。今まで一度も事故なんてしなかったって言うのが自慢でしたから」

おばあちゃんのお葬式が終わったのは昼下がりを過ぎて、いよいよ夕方になろうかという頃だった。
あと三十分もすれば陽は山あいに沈んでいく。

私は妹と二人で富山県の山村集落に来ていた。
大工の父が仕事中に左足を骨折してしまい母はそ

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短編【主よ御許に近づかん】小説

短編【主よ御許に近づかん】小説

主よ。
私は貴方の為に煉獄へ逝くのです。
たとえどんな恐ろしい業火に焼かれようとも私の心は天国にあります。
貴方と共にいます。
ですが決して貴方の御名を口には出しません。

それどころか私は貴方のことを口汚く罵ることになるでしょう。
そんな事をする度に、いえ、そうしようと考えるだけで、この身が引き裂かれる思いです。
我慢なりません。

私を罪から清めてください。
私は自分の背きを知っています。

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短編【人殺しの天使】小説

短編【人殺しの天使】小説

強烈な腹痛で目を覚ました。

刃物が腹部に刺し込み切り裂かれてゆく感覚。
自分でも驚くほどの大きな声を張り上げて飛び起きた。

まただ、また同じ悪夢に襲われた。
何度も何度も同じ悪夢に。

俺は上半身を起こし、しばらく白痴になったかのように濡れ腐った段ボールの床を眺める。

ホームレスに身を落として何年になったのか。
それすらも覚えてはいない。
六十を過ぎてから歳も数えてはいない。

段ボールと木

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短編【語る者、語らぬ者】小説

短編【語る者、語らぬ者】小説

人には誰にも言えない秘密というものが一つや二つは有る。
決して他人には言えない過ち。
それを武勇伝として語る者もいる。

過去の過ちを語る者と語らぬ者。
その違いは恐怖心の有無なのかも知れない。

語らぬ者は恐れているのだ。
また、同じ過ちを犯してしまうかも知れないという己の弱さを。

三条清彦がコンビニエンスストア『リトルエレファント』に初出勤した日の同行勤務者は山下利秀という四十手前の男だった

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短編【迷い道】小説

短編【迷い道】小説

さっきからずっと見覚えのある山道を山下浩一郎は運転している。

山下が運転するハイエースワゴンの後部は座席がすべて乗り外され、代わりにキノボリカンガルー、クアッカワラビー、イリナキウサギが入ったゲージが置かれている。

前方を走る同型のハイエースワゴンには、ミニチュア・ホース、ピグミーマーモセット、ダスキールトン、シロヘラコウモリが乗っている。

二台のワゴン車は移動動物園の運搬車で『聖ニコラオ園

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短編【タールの重さ】小説

短編【タールの重さ】小説

壁も天井も真っ白な空間に小ぶりで上品なシャンデリアが三対。十人掛けの円卓が、三つ、二つ、三つ、二つと規則正しく交互に並べられ、その円卓には壁や天井と同じような真っ白なシーツが掛けられている。

卓上には十人分の皿とフォークとナイフとナプキンが円卓の縁に沿って綺麗な輪を描いて並んでいる。

披露宴に出席したのは四年前に従姉妹の妙ちゃんの時以来だ。

と栗本里佳子は思っている。社会人になって初めての披

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短編【宇宙の三角形】小説

短編【宇宙の三角形】小説

「だからほら、三角形は直線になるの。わかる?」

なんて答えよう。
と鷲見泉勇人は思った。

わかんない。
そう答えようものなら宮下カナコは一から説明するに違いない。

三つの点を結ぶと三角形になります。
三角形の内角の和は180度になります。

小学五年生になる勇人は算数の授業でそう教わった。
なんで180度になっちゃうんだろう。
なんてことは考えずに先生が教えるままに勇人はノートに書き写す。

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短編【可能性しかない未来】小説

短編【可能性しかない未来】小説

「あれー。この道……」
「通りましたよね」
「まいったなあ」
「もう一度、電話します?」
「んー。三回目かあ。向こうに気を使わせちゃうなあ。とりあえず誰かに聞こう。それで分かんなかったら園に電話しよ」
「誰かって、居ますかね。こんな」

山の中で。
私は移動動物園用に改造されたハイエースワゴンに乗っている。
後ろから同型のワゴン車がついてきている。
二台のワゴン車の後部にはキノボリカンガルーやダス

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短編【あのころの僕は何も見てはいなかった】小説

短編【あのころの僕は何も見てはいなかった】小説

そのころ僕は何も見てはいなかった。

何も見ないように生きていたのかも知れない。物事の本質を考える気力というものがなかった。いや、考える必要のない生き方を植えつけられていたのだ。

バースでは大人たちの政府への不満と非難が溢れている。何がそんなに不服なのか。

十八歳の誕生日を迎えたと同時に僕は大人になった。選挙権も得たし日本政府から毎月七万五千円の支給権も得た。

五十代から上の世代は、この監視

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短編【手のひらの感触】小説

短編【手のひらの感触】小説

「本当に大丈夫なんですか?いや!疑ってるワケじゃあ・・・。はい。や、やってみます。大丈夫です」

ぐっしょりと汗が手のひらに滲みでる。もともと緊張すると両手が汗ばむ体質ではあるが、今回は尋常ではない。

蜂須賀将吾は汗で濡れないように親指、人差し指、中指の三本でスマホを挟み持っている。

「はい。大丈夫です」

スマホの向こうの人物に念を押すようにもう一度言うと、将吾はスマホの通話を切ってポケット

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短編【晴れるなら】小説

短編【晴れるなら】小説

奴が跳んだ。

だからお前は駄目なんだよ。空中からの落下による一撃。たしかに体重が乗り衝撃は倍増する。が、その分、軌道が読まれて易々と防ぐ事が出来る。

空中からの攻撃は相手が回避不能に陥ったときのトドメの一撃として行うべきで初手からする攻撃ではない。俺は落下しながら太刀を振り下ろしてくる奴の攻撃に合わせて戦斧で迎え撃つ。

おそらく奴の太刀は折れるだろう。あれだけの高さに飛び上がり、それなりに体

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