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短編【手のひらの感触】小説


「本当に大丈夫なんですか?いや!疑ってるワケじゃあ・・・。はい。や、やってみます。大丈夫です」

ぐっしょりと汗が手のひらに滲みでる。もともと緊張すると両手が汗ばむ体質ではあるが、今回は尋常ではない。

蜂須賀はちすか将吾しょうごは汗で濡れないように親指、人差し指、中指の三本でスマホを挟み持っている。

「はい。大丈夫です」

スマホの向こうの人物に念を押すようにもう一度言うと、将吾はスマホの通話を切ってポケットにしまった。汗で濡れた両手の平をデニムパンツにこすり拭く。

人気のない駅のプラットフォームの電子時計は23時14分を表示している。将吾は腕時計をみる。同じく23時14分。時間に狂いはない。あと2分後に将吾は女子高生を線路下に突き落とさなければならない。

そう命じられたからだ。

将吾がみやリョウコに命じられて事を遂行するのは今回で二度目になる。一度目はおよそ、ひと月前。河川敷の橋の下のダンボールで寝ているホームレスの男の首を絞めた。

あの時の太くて硬い首の感触が、まだ両手に残っている。驚いて見開いた男の黒い両目。その瞳に映り込んだ自分の顔。あのときの光景を思い出し将吾の手のひらは再び汗が噴き出る。濡れた手のまま将吾は自分の顔を覆う。

ひとつ、ふたつと将吾は深呼吸をする。

腕時計のアラームが小さく鳴った。時間だ。23時16分。将吾は両手をおろし、つむっていた目をひらく。誰も居なかったプラットフォームの線路のぎりぎり。白線を超えて一人の女子高生がいつの間にか立っている。

そして最終電車が近づく音。

将吾は最後にもう一度、大きく呼吸をして女子高生に近づく。女子高生は将吾が真後ろに来るまで気づいていない。

「あの」

将吾の声で女子高生は振り向く。

「ごめんね。死んで」

将吾は、たった一言そう言うと力一杯、女子高生の背中を押す。女子高生は、え?と声をあげて線路に落ちる。ちょうどそのタイミングで電車は通過していった。

振り向いた女子高生が最後に見たのは二十代前半の白いシャツを着たデニムパンツの気の弱そうな男だった。殺された。どうして?そこまで思って彼女の思考は白の世界へ消えてしまった。

彼女は二度、死んだ。

電車は何事もなかったかのように通り過ぎてプラットフォームにはもとの静寂が戻っていた。将吾は震える手でスマホをポケットから取り出して宮リョウコに繋げる。

「終わった?」
「はい。終わりました」
「お疲れ様。これで彼女も浮かばれるわ。また、連絡します」
「……はい」
「蜂須賀さん」
「はい」
「気にやまないでね。貴方にしか出来ない事だから」

将吾は線路下を力無く見下ろした。突き飛ばしたはずの女子高生の姿は無かった。

女子高生、新沼にいぬまあきほが死んだのは半年前の事だった。23時16分。新沼にいぬまあきほは電車に轢かれて死んだ。

いつもは、ほとんど人がいない時間帯のプラットフォーム。あきほは夏期講習がおわり、その打ち上げという事で友人とカラオケを楽しんだ。その帰りの駅で起こった事故だった。

あきほが最終電車を待っていると酒に酔った男女三人がふざけあって、お互いがお互いを突き飛ばしあいながらやってきた。三人の中の唯一の女が

「あれ?しょーちゃんが好きな女子高生がいるー!ナンパしろー、ナンパー」

と言い、しょーちゃんと呼ばれた男が

「ばか、俺はロリコンじゃねーよ」

と言いながらふらふらと千鳥足でアルコールの匂いを纏わせて線路に近づいた。

三人の中で背の高い体格のいい男が女とりょーちゃんの二人を笑いながら力強く「いいかげんにしろよー」と押した。低いヒールを履いていた千鳥足の女はよろめきを制することが出来ずに、あきほにぶつかった。あきほはバランスを崩し線路に落ちた。

そして、電車に轢かれた。

以来、新沼あきほは自分が死んでしまった事に気付かずプラットフォームに立ち続けていた。そして今日、蜂須賀将吾の手によって新沼あきほは自身の死を自覚して、ようやく死ねた。


「ちゃんと殺してあげる事ができるのは貴方だけなんだから。霊の身体に触れる事ができる貴方にしか」

出来ない事だから。幽霊の身体に直接触る事ができる能力をもつ貴方にしか。宮リョウコに初めて会ったときの言葉を将吾は思い出した。

手のひらの汗はいつの間にかひいていた。


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