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短編【可能性しかない未来】小説


「あれー。この道……」
「通りましたよね」
「まいったなあ」
「もう一度、電話します?」
「んー。三回目かあ。向こうに気を使わせちゃうなあ。とりあえず誰かに聞こう。それで分かんなかったら園に電話しよ」
「誰かって、居ますかね。こんな」

山の中で。
私は移動動物園用に改造されたハイエースワゴンに乗っている。
後ろから同型のワゴン車がついてきている。
二台のワゴン車の後部にはキノボリカンガルーやダスキールトンなどの動物が六種九匹が乗っている。
人間は私と、私の隣で運転をしてる畠山はたやまきみえさん。
そして後ろのワゴン車を運転している山下やました浩一郎こういちろうさんの三人。

私たちは聖ニコラオ園へ向かっていた。
聖ニコラオ園は児童保護施設で園の敷地内で十時から移動動物園を開園する、予定だ。
カーステレオに表示されているデジタル時計をちらりと見る。
9:12の文字が光っている。

「まいったなあ。まずいよねえ」
細くて逞しい二の腕でハンドルを操作しながら、きみえさんは独り言を漏らす。
いつも明るく、どんな事でも笑いとばす豪胆なきみえさんでも流石に今回は焦っている。

「あ、」
「あ!いた!」
私ときみえさんが同時に叫んだのは女子高生の後ろ姿が見えたからだ。


「いやー、もう奇跡!こんな事ってあるんだねえ!小説とかドラマみたい。アタシさ、ドラマとか見てこんな展開になったら、都合良すぎるだろー!っていつも思ってたんだけど今回で改めるわ。あるんだねえ!いやー、もう奇跡!」

無事、予定通りに移動動物園が終了し聖ニコラオ園の食堂で、ささやかな打ち上げが出来たのて、きみえさんはいつも以上に機嫌がいい。

私たちを聖ニコラオ園に案内してくれた女子高生は、この園の園長さんの娘の新沼にいぬまあきほさんだった。
あきほさんは、きみえさんに負けないくらいのテンションで喋る。

「ホントびっくりしました!最初、人攫いかなあって。だって車の後部座席を見たら檻の中に入った動物たちがいるんだもん。山の中の動物捕まえて密輸してる人達かなって。私も」
「攫われるって?」
あきほさんの言葉尻を掬い取ったきみえさんは
「こんな山奥にダスキールトンとかいるワケないじゃない」
と豪快に笑う。

綾部あやべさんは、このお仕事、長いんですか?」
直前まで、きみえさんと息のあった掛け合いをしていたあきほさんが急に私に話しかけてきた。
「え」
「お仕事。何年目ですか?」
「あー。…実は、まだ半年」
「えー!そうなんですかぁ!前の仕事は何を」
「研究所で」
「研究所!カッコいい!なんの研究をしてたんです?」
「製薬会社の研究所で、あ、私は研究員じゃなくて研究データを集計する仕事で」
「カッコいいなあ。カッコいいです!私も早く大人になって働きたいな」
「あきほちゃんは何の仕事をしたいの?」
きみえさんが訊く。
「海外青年協力隊です」
「わお!意外な答え」
「でも、そのために色々経験しておきたくて。農業とか漁業を経験して農林水産の知識も欲しいし医療介護の経験もしたいし幼児教育にも興味があるし、とにかく色々経験して海外青年協力隊のエキスパートになりないんです!」
「……綾部あやべさん」
「何ですか、きみえさん」
「こんなキラキラした高校生、見たことある?」

ないです。
高校二年生の新沼にいぬまあきほさんは純粋な瞳で自分の将来を見ている。
可能性しかない未来。

私にも、こんなキラキラした時期があったのだろうか。
思い出せないくらい昔の話しだ。

でも、私だって。
私の未来だって。
可能性しかない未来の、はずだ。



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冬の終わりのスノウ

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