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短編【迷い道】小説


さっきからずっと見覚えのある山道を山下やました浩一郎こういちろうは運転している。

山下が運転するハイエースワゴンの後部は座席がすべて乗り外され、代わりにキノボリカンガルー、クアッカワラビー、イリナキウサギが入ったゲージが置かれている。

前方を走る同型のハイエースワゴンには、ミニチュア・ホース、ピグミーマーモセット、ダスキールトン、シロヘラコウモリが乗っている。

二台のワゴン車は移動動物園の運搬車で『聖ニコラオ園』に向かっている途中だった。

ハイエースワゴンは群馬県と長野県の境の山道を走っている。

いつこの道を通ったのか。
具体的な思い出が何もないのに場所だけ知っているという心地悪さが一気に解消されたのは、小さく朽ちたお堂の横を通った時だった。

あの、お堂の前で足を擦りむいた栗本くりもと里佳子りかこを介抱したんだ。

小学六年生の夏休みの林間学校で。
その林間学校のプログラムのウォークラリーで。
この道はウォークラリーで歩いた道だ。

友達とふざけて走り回っていた栗本くりもと里佳子りかこが転んで足を擦りむいた。
救急係だった浩一郎が、お堂の平石に里佳子を座らせて消毒をして絆創膏を貼ってあげた。

その思い出を起点に浩一郎の目の前に里佳子との日々が次々と蘇ってきた。

二十歳とき、高校時代の同窓会で里佳子に再会して付き合うようになったこと。

高校二年生のとき、友だちと行った夏祭りの花火会場ですれ違い、ずっと目が合っていたこと。

中学生のとき、バレンタインチョコを貰って恥ずかしさのあまり里佳子の目の前で友達にあげてしまったこと。

二十二歳のとき、初めて有名ブランドの宝石店に入って、かなり高価なネックレスを誕生にプレゼントしたこと。

小学四年生のころ、隠れん坊をして東校舎一回と二階をつなぐ階段下の空スペースで二人で息をひそめて隠れたこと。

そして二十三歳のときに突然、別れたこと。


なぜ里佳子と別れたのか。
浩一郎は漠然として上手く説明ができない。

別れの理由を説明できるのは自己弁護という物語が出来上がった証拠なのだと、浩一郎は思う。

出会うのは単純だけど別れは複雑だ。
ひとつの理由の中に幾つもの原因があって複数の理由が絡み合っている。
何が原因だなんて、とても言えない。

彼女に贈った、あのネックレスは今も持ってくれているだろうか。
彼女のことだ、もう捨ててしまったかも知れない。
僕との思い出も一緒に。

ふと気づくと浩一郎が運転するハイエースワゴンは、さっき見たお堂の横を通り過ぎていた。

まさか道に迷っているのか。
前方のハイエースワゴンを運転しているのは移動動物園の先輩社員、畠山はたやまきみえだ。

頼れる先輩でミスをするのは珍しい。
カーステレオのデジタル時計を見ると9:12と表示されている。
移動動物園の開園時間は十時。
あと四十分足らず。
間に合うのだろうか。

道は同じ所をぐるぐる回れるけど人生はそうはいかない。
後戻りはできない。
里佳子りかことは同じ道を歩むことはないだろう。

でも、彼女の幸せを願う事はできる。

移動動物園の営業が終わった帰りに、あのお堂に花を供えてみようか。
里佳子の事を思い出させてくれた感謝と、彼女の幸せを願って。

そう思い、浩一郎こういちろうは運転しながら缶コーヒーを飲みほした。



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