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短編【主よ御許に近づかん】小説

主よ。
私は貴方の為に煉獄へ逝くのです。
たとえどんな恐ろしい業火に焼かれようとも私の心は天国にあります。
貴方と共にいます。
ですが決して貴方の御名みなを口には出しません。

それどころか私は貴方のことを口汚く罵ることになるでしょう。
そんな事をする度に、いえ、そうしようと考えるだけで、この身が引き裂かれる思いです。
我慢なりません。

私を罪から清めてください。
私は自分の背きを知っています。
そのことを貴方が、貴方だけが知っていれば、それでいいのです。

ああ、主よ!
分かっています!分かっています!
私だけが貴方の胸の内を知っているのです。

貴方の悲しみを。
貴方の怒りを。

ですが主よ。

貴方は悲しんではいけない。
貴方は怒ってはいけない。

それらは全て私の仕事です。

貴方はただ私たちに慈悲をお与え下さい。
いえ、私以外の者たちに。
私に慈悲はいりません。

私は裁かれなければならないのです。
人に裁かれるのは我慢がなりませんが貴方に裁かれるのならば、それは私の喜びなのです。

人々は私を恨むでしょう。
人々は私を私の家族を恨むでしょう。

家族さえも、きっと私を呪うでしょう。

私は万人の敵になるでしょう。

ああ、主よ。
最後に、最後に貴方の御名みなを叫させてください!
もちろん口には出しません。
貴方の御名で空気を揺らすようなことはしません。

心の中だけで御名を思い浮かべさせて下さい。

愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています。

アーメン。

14時16分。
浅見屋あさみや霧人きりひとが法の裁きを受け命を絶った。
私は教誨師として最後まで彼に寄り添うことが出来なかった。

浅見屋あさみや霧人きりひとは両親ともクリスチャンで浅見屋本人もクリスチャンだった。

六年前までは。

六年前、彼は突然クリスチャンを辞める、神を信じないと言う旨の置き手紙を残し家族の元から姿を消した。

失踪から一年後、彼は連続ホームレス殺人事件の容疑者になり裁判を経て四年前に死刑囚になった。
高齢のホームレスを七人殺害したのだ。

殺害されたホームレスは腹部を十字に切り裂かれていた。
そして綺麗に身なりを整えてられ横に寝かされ胸に両手を組んだ状態であったという。

自ら殺した遺体に敬意を払うその姿勢に何かしらの歪めらた思想があるのではないのかという観点から精神鑑定が行われた。

が、判定の結果は正常、異常行動は詐病であるとの結果だった。

しかし、私は教誨師として浅見屋あさみや霧人きりひとと接するうちに、なんとも言えない違和感を感じていた。

「もう、神は信じてはいないのかい?」
「はい。信じていません。あんなものは、まやかしです」
「どうして急に神を信じられなくなったの」
「神父さんは神の声が聞こえますか」
「もちろん。神は私たちの心に常に優しく語りかけてくれるよ」
「そうですか。私には聴こえません。全く。神様は何も言ってはくれない。あんなものを信じるのは・・・愚かですよ・・・」

そう言って、ぎこちなく無理に笑顔を作った彼の顔を私は今でも忘れる事が出来ずにいる。

彼は本当に神を信じてはいなかったのだろうか。



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