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短編【アレがいる】小説


小学生ニ年生の時に僕は異常な怖がりになった。
一人でトイレへ行けなくなるくらいに。
もしかしたらトイレにアレがいるかもしれない。
夜の窓ガラスも見れなくなった。
もしかしたらそこにアレがいるかもしれない。

そう思うようになっていた。
ずっと誰かに見られている気配がする。

三人兄弟でいつも一番上の姉の背中にしがみついて行動していた。
急に異常な怖がりになった僕をみて、姉は最初は戸惑っていたけれど甘えてくる僕を嫌がりもせず可愛がってくれた。

僕が異常な怖がりになったのは兄のせいだった。

二つ年上の兄とはほとんど喋った記憶はなかった。
兄は食事の時と風呂に入る時と寝る時以外はずっと本を読んでいた。
そんな兄でも、ときどき僕に話しかけてくる時があった。
それは決まって怪談話をする時だった。

僕たち三人は小学生まで子供部屋で並んで一緒に寝ていた。
僕が真ん中で左側に姉、右側に兄。
兄は本を読んで仕入れた怖い話を寝ながら僕に話した。
僕が異常に怖がるので兄はそれを面白がっていた。
兄は少しサディスティックな気質があった。

初めて兄が話してくれた怪談話を僕は今でも覚えている。
それは猫をたくさん飼っている優しいお婆さんの話しだった。
話のオチは実はお婆さんが猫を大量に殺していてその猫の幽霊に呪い殺されるというものだった。

その話のラストで僕は声を張り上げて怖がった。
僕の叫び声で隣で寝ていた姉は飛び起きた。
隣の部屋で寝ていた両親も駆けつけきて、ちょっとした騒ぎになった。

もちろん、この事で兄はこっぴどく叱れた。
だけど僕の驚きぶりがよほど面白かったのか、兄は忘れた頃にふいに怪談話をしてきた。

僕は大騒ぎにしたくなかったので我慢して聞いていた。

だけど初めに聞いた猫の怪談話が強烈すぎて、それ以外はそんなに怖くはなかった。
サディスティックな兄は僕が怖がっていないことを感じ取っていた。
とにかく僕を怖がらせてやろうと必死になっていた。
あの手この手でいろいろな怪談話を僕に聞かせた。


町内の河川敷で猫の死体が大量に発見されたという事件が起きたのは、ちょうどその頃だった。

姉の算盤塾がその河川敷の近くにあったので姉はひどく怖がっていた。
兄は気にしている様子はなく、いつもの様に本ばかり読んでいた。

河川敷で猫の死体が大量に発見されて4日後、お隣の佐々木さんが愛猫のガラマフィンを抱きかかえて家に遊びに来ていた。

佐々木さんは母の大学の先輩で、ときどきお互いの家に紅茶を飲みにくる仲だ。
お隣さんと言っても互いの家は歩いて15分はかかる。
それでも母に言わせれば、お隣さんなのだ。

僕は母と佐々木さんが談笑しているリビングの端を通って佐々木さんに軽く挨拶をした。

それから冷蔵庫を開け目的の缶コーラを取ると、もう一度、佐々木さんに軽く会釈をして勉強部屋に戻った。

佐々木さんが飼っている猫は高級感ただようガラマフィンだ。
家の外に出すということは絶対にないだろう。
それなのに佐々木さんは自分の猫が襲われたらどうしようと不安がっていた。

大丈夫ですよ。
そう言いたかったけど流石にそれは言えなかった。

もう猫を殺すようなことはしない。

兄が話したあの猫の怪談話聞いて以来、僕は猫が怖くてしょうがないのだから。

猫を殺すことを止めてから誰かに見られている気配は、いつの間にかなくなっていた。


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語る者、語らぬ者

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