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短編【宇宙の三角形】小説



「だからほら、三角形は直線になるの。わかる?」

なんて答えよう。
鷲見泉わしみず勇人はやとは思った。

わかんない。
そう答えようものなら宮下みやしたカナコは一から説明するに違いない。

三つの点を結ぶと三角形になります。
三角形の内角の和は180度になります。

小学五年生になる勇人はやとは算数の授業でそう教わった。
なんで180度になっちゃうんだろう。
なんてことは考えずに先生が教えるままに勇人はやとはノートに書き写す。

水曜日の四校時、算数の時間。
時計の針は正午を過ぎてあと五分たらずで給食だ。

「はい!先生!」

カナコは手を挙げて先生の返事を待たずに立ち上がった。
先生が、またか、という顔をしたのを勇人は見逃さなかった。

「先生!三角形の内角の和が180度にならない事はないんですか?」
「ないです。三角形の内角の和は必ず180度です」
「たとえば先生!たとえばですよ!たとえば北極にいるとして」

カナコは教室の後ろのランドセル入れのロッカーの上に置いてある地球儀を走り取って小さな人差し指を北極点を指した。

「北極にいるとして、そのまま南に垂直に行くでしょ?そして赤道で90度向きを東に変えて、そこから直角に東に進んで」

四校時終了のチャイムが鳴った時、先生が安堵の表情になったのを勇人は見逃さなかった。

「はい、授業おわりー。カナコさん続きは明日、あ、明日は算数ないか。明後日ね」

はいはい、給食の準備、準備ー。
と先生は言いながら教室を出て行った。

カナコは一人、地球儀を見ながら小難しい顔をしてブツブツ呟いている。

「わかんないね。わかんない顔してる」

学校の帰り道、カナコにクジラ公園に引っ張りこまれた勇人は青空講義を受けている。

クジラ公園の名前の由来になっているクジラを模した大きなすべり台の階段に勇人とカナコは座っている。

側からみればランドセルを背負った小学五年生の可愛らしいカップルに見える。

「もっかい言うね。地球って丸いでしょ?これはわかる」
「わかるよ」
「北極から真南にまっすぐ赤道まで行くでしょ?そして、そこから90度直角に向きを真東に変えて同じ距離進む。ここまでいい?」
「いいよ。だから、そこから今度は90度、直角に向きを真北に変えて北極に戻ると、90度足す90度足す90度で内角の和が270度の三角形が出来るっ事でしょ?」
「そう!さすが勇人」
「わかんないのは、その次。三角形が直線になるってどういうこと?」

カナコは待ってましたと鼻の穴を膨らませる。
鼻の穴が膨らんでも可愛いなと勇人は思っている。

三角形の内角の和が180度になるというのは平面であることが条件で、これはユークリッド幾何学の分野である。

三角形の内角の和が270度になってしまうのは球体であることが条件で、これは非ユークリッド幾何学の分野の話である。

そんな高度な数学の話をしているなんて当然小学五年生のカナコは意識していない。
しかし、カナコの柔軟な思考は非ユークリッド幾何学の範囲を脱する次元に達していた。

「二次元平面の紙の上での三角形の内角の和は180度。三次元空間の地球上になると270度。じゃあ、四次元時空の宇宙の三角形って何度になると思う?私はね直線になると思うの」
「それがわかんないよ。なんで直線?」
「三角形に必要な三つの点をね、空間に、空間と言うか時間の上に置くのよ。宇宙では空間と時間は同じモノだから」
「時間に?」

過去と現在と未来に点を置き、それぞれを線分で結ぶとする。
過去と現在が繋がっていることは感覚で理解できる。
現在と未来が繋がっていることも、多くの人は感覚で理解しているだろう。

だけど過去と未来が直結していることを証明できたら。
そうすれば、過去、現在、未来、過去、現在、未来・・・。

「過去、現在、未来がそのまま直線になるじゃない?だから三角形は直線になるの。わかる?」

かわんない。
勇人には、当たり前の事を言っているようにしか思えなかった。
過去と現在と未来は直線。
それはわかる。
そんなの当たり前だ。
それがなんで三角形が直線という考えになるのか。

しかしそれは当たり前ではない。
『過去』と『未来』が『現在』の無視して直接に結ばれることはあり得ない。

『過去』から『未来』へ、あるいは『未来』から『過去』へ行くためには必ず『現在』を通過しなければならない。
という常識が勇人の理解を邪魔しているのだ。
もしも、『現在』を無視して『過去』と『未来』が直線で結ばれているとするなら……。


『過去点と現在点と未来点を結ぶ分線のうち【過去点と未来点】を直接結ぶ分線を証明できるのならば三角形は直線である』

2118年、宇宙物理学者アンス・フランシス・リーズが提唱した『時空間極直線じくうかんきょくちょくせん仮説かせつ』が数学者エーリッヒ・イヴン・ワシズミが発見した【過去点と未来点の直線公式】によって証明さたのは124年後の2242年の事である。

この公式により『宇宙空間に於いて三角形は直線である』と実証された。
『脱ユークリッド幾何学』の誕生である。

ところが、それより遥か221年前の2021年。
日本の片田舎に住む一人の少女の頭脳が、その事をすでに予見していたのだ。

エーリッヒ・イヴン・ワシズミは遥か221年前の自分のご先祖様であるカナコが、すでに『宇宙の真理』を見抜いていたなんて事は、もちろん知る術もなかった。


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