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短編【タイムマシンがあったなら】小説

「それでお父さんは大丈夫なの?」
「はい。左足の骨折だけですんで。それよりメンタルの方が。相当落ち込んでます。今まで一度も事故なんてしなかったって言うのが自慢でしたから」

おばあちゃんのお葬式が終わったのは昼下がりを過ぎて、いよいよ夕方になろうかという頃だった。
あと三十分もすれば陽は山あいに沈んでいく。

私は妹と二人で富山県の山村集落に来ていた。
大工の父が仕事中に左足を骨折してしまい母はその看病をしなければならず両親は不在だった。

山のカラスの鳴き声は私たちが住む街のカラスとは、どこか違う。
それは私が感傷的になっているからなのか、その鳴き声には刺々しさがなかった。

私はおばあちゃんが一人で暮らしていた木造平家の縁側に座って、庭一面に咲いている山茶花や秋バラを眺めていた。

まだ蕾もついていない水仙や椿が来年の出番を待っている。

花木の世話が好きなおばあちゃんだった。
ポプリ作りが上手なおばあちゃんだった。

「それでー」
結婚はまだなの?
きっと叔母さんはそう言葉を続けるだろう。
声のトーンがそう言っていた。
「結婚は?」
「え?結婚?だれの?」
里佳りかちゃんのよ」
「私?ないないない」
言えない。
不倫をしているなんて言えないよ。
恋愛の最終到着地点が結婚とするなら私はスタートから脇道を走っている。

「どうぞ」
叔母さんの娘のカナコちゃんが餅を持ってきた。
カナコちゃんは私の従姉妹だけど十五歳の歳の差がある。
小学5年生の女の子だ。

「おっきくなったねえ、カナコちゃん。お姉ちゃんのこと覚えてる?」
話を逸らすタイミングが餅と一瞬にやってきた。
「はい、覚えています」
カナコちゃんの真っ直ぐな視線とはっきりとした口調には聡明さが宿っている。
十一歳とは思えないくらい大人びた雰囲気をカナコちゃんは纏っている。

「将来の夢とか決まってるの」
「科学者です。タイムマシンを作るんです。私、気づいたんです。宇宙空間の三角形は直線って事に。それが証明できれば過去と未来を……わかります?」
「ごめん、ちょっとわかんない」
カナコちゃんは少し悲しげな顔をした。
そして餅が乗った皿を縁側におくと、お辞儀をして去っていった。

「ごめんね。びっくりしたでしょ。あの子、難しい本ばかり読んでいて私にも分からない話しをするのよ」
叔母さんは少し困ったような顔をした。
その顔がカナコちゃんと似ていて、やっぱり親子だなあと思った。

カナコちゃんが持ってきた餅は桜餅だった。
正確には桜餅を模した餅菓子だった。
桜の葉をかたどった緑色の平たい餅が薄桃色の餅を包んでいる。

その餅菓子を見たとき、私は昔付き合っていた人の事を思い出した。
もう、顔も名前も忘れてしまった昔の恋人。
私は毎年、定期的にあの人の事を思い出す。
顔も名前も忘れてしまったというのに。

あの人の誕生日に桜餅をプレゼントしたんだっけ。
なんで桜餅だったんだろう。

タイムマシンが有れば確かめに行けるのに。
タイムマシンが有れば不倫なんて……。

カナコちゃんが大人になるまで待つしかないか。

気がつけば陽は山あいに隠れていた。
鮮やかな夕焼けが山々にくっきりと影をつくって、なんだか昔話の世界にまぎれ込んだような、そんな気になった。



⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

宇宙の三角形

ばあちゃんとポプリの匂いと糞坊主

渡月橋の桜餅

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