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短編【語る者、語らぬ者】小説
人には誰にも言えない秘密というものが一つや二つは有る。
決して他人には言えない過ち。
それを武勇伝として語る者もいる。
過去の過ちを語る者と語らぬ者。
その違いは恐怖心の有無なのかも知れない。
語らぬ者は恐れているのだ。
また、同じ過ちを犯してしまうかも知れないという己の弱さを。
三条清彦がコンビニエンスストア『リトルエレファント』に初出勤した日の同行勤務者は山下利秀という四十手前の男だった。
「今いくつだっけ?」
「十八です」
「わっかいねー。三条は学生?」
三条清彦と山下利秀は今日が初対面である。
にも関わらず山下は三条の名を呼び捨てた。
いくら年下であっても会ったその日で名を呼び捨てられるという経験をしたことがなかったので、三条は少し驚いた。
「いえ。学生じゃないです」
「え?なに?じゃあ、高卒?」
「はい」
「いいねぇ。人生舐めてるねぇ。高卒かあ。そっかそっか。俺は一応大卒ね」
時刻は二十三時半を過ぎていた。
コンビニエンスストア『リトルエレファント』兄橋支店はこの時間から少し暇になる。
「ここだけの話し、絶対誰にも言わないって約束できるんなら話してあげてもいい話があるんだけど聞く?」
「あ、いえ、約束を守れる自信がないのでいいです」
「いいよ、いいよ。聞いてから言うか言わないかは決めてもいいから、ちょっと聞いてみて」
「……わかりました。何ですか?」
「覚えてるかなあ。十年くらい前に、この近くで猫の死骸が大量に見つかった事件があったの。十年前だから、お前が八歳くらいの時だな。知ってる?」
三条の表情が強張る。
山下は三条の顔色に恐怖を読み取って得意げにほくそ笑む。
「あの犯人、俺なんだわ」
え?と声には出さずに三条は強張っていた表情を困惑に変えた。
思っていた反応とは違うリアクションに山下は露骨に不服そうな顔をした。
つまり、もっと驚くと思っていたのだ。
「え?なに。嘘だと思ってんの?」
「いえ…。あの…。でも…嘘、ですよね?」
「は?嘘?嘘じゃねーよ。舐めてんの?俺を。俺、マジで切れると何するかわからないからな」
三条は、ここでのバイトを辞めようと思った。
四十手前になりながらも程度の低いマウンティングを仕掛けてくる山下に嫌気がさした、と言うわけではない。
そもそも他人に対する関心が欠如している三条は、山下の幼稚なマウンティングを気にはしていない。
『リトルエレファント』を辞めようと思い立ったのは、あの頃の嫌な記憶を思い出したからだ。
子供の頃の罪の記憶を。
猫の柔らかい感触を。
三条清彦は理解している。
自分は怒りや恐怖や恨みや嫉妬のような湿った感情で生き物を殺すのではなく、生きている者を死体に作りかえたいとい乾いた好奇心で生き物を殺せる人間であるという事を。
人には誰にも言えない秘密というものが一つや二つは有る。
決して他人には言えない過ち。
それを武勇伝として語る者もいる。
過去の過ちを語る者と語らぬ者。
その違いは恐怖心の有無なのかも、知れない。
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