短編【蛍光灯のノイズ】小説
客の出入りを知らせる軽快なチャイムの音。
温めますか?袋はご利用ですか?
という店員の声。
お願いします。いえ、結構です。
という客の声。
トイレを使うためだけに急ぎ足で駆け込んでくる足音。
新商品を何度も繰り返し宣伝する店内放送。
商品を手に取りカゴに入れる摩擦音。
そして、コピー機の電子音。
コンビニエンスストア『リトルエレファント』では、そういった音が同時に、あるいは間をあけて溢れているが深夜2時を過ぎると一転して静寂になる。
静かになった店内に山下利秀と三島杏里は並んで立っている。
微かに聞こえる蛍光灯のノイズ音だけが時が止まっているわけではないと自覚させてくれる。
象の皮膚を連想させるライトグレーを基調としたユニフォームを二人とも着ている。
左胸にはウインクをした可愛らしい象のイラストがプリントされている。
客が誰一人いない店内。
無言の二人。
三島杏里が22時に出勤し、その1時間後の23時に山下利秀が出勤してきた。
その時、おはようございます、とお互い挨拶をしからずっと会話がないまま深夜2時になっていた。
コンビニエンスストア『リトルエレファント』では水曜日と木曜日の夜に商品の搬入作業がある。
なので金曜日の夜は特にすることがなく週の中で一番暇をもてあそぶ。
なぜ三島杏里がいるのだろう。
山下利秀はずっとその事を考えていた。
今日は週で一番ひまな金曜日だ。
この時間帯の勤務は基本一人。
店長が、そう決めたはずだった。
間違えて出勤してきたのか?
だとしたら、とんだ間抜けやろうだ。
山下利秀はそう思い顔の表情筋はいっさい動かさず精神で嘲笑った。
時間外出勤だ。
きっと時給はつかないだろう。
俺が出勤した時点でなぜ気がつかない?
馬鹿なのか?
この女は馬鹿なのか?
なんて事を山下利秀は考えている。
時間外出勤の事を忠告しようとは思わない。
三島杏里が不美人だからとか何か非道いことをされたから、というワケではない。
山下利秀という男は元来そういう曲がった精神の持ち主なのだ。
三島杏里は小柄で首筋もすっと長く小顔。
鼻筋も通っていて、つまり美人である。
もっとも山下利秀が嫌いなタイプだ。
女は、とくにこういうお高くとまった女は俺みたいな男を見下している。
馬鹿にしている。
そういう被害妄想を抱いている。
という事を山下利秀は自覚している。
だけど、そういう被害妄想を持っている事も含めて、俺は俺なんだ。
被害妄想癖こそが俺のアイデンティティだ。
と山下利秀は思っているのだか、それは被害妄想でも何でもなく本当に馬鹿にされているということに山下利秀は気付いてはいない。
仕事もろくに出来ないくせに注意をされると露骨に反骨精神が顔にでるが何も言わない。
そういう男なのだ。
「あの、山下さん」
三島杏里が溜息を混ぜながら口を開いた。
会話をするのも嫌だという態度を隠しもせずに。
「山下さん、今日の夜、出勤ですよ」
「うん、そうだよ」
「違います。日が変わっての、今日です」
「日が変わって?」
「だから、日が変わっての、今日の、夜です」
「え?」
「わかります?だから今じゃなくて」
「今日の夜でしょ?いま、来てるじゃん。何言ってんの?おまえ」
「あ、もう、いいです」
深夜のコンビニエンスストアは蛍光灯のノイズ音がやたら大きい鳴り響いている。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
山下という男
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