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ものがたり

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#エッセイ

きみとぼくの親愛なるきみへ

きみとぼくの親愛なるきみへ

 あれは確か、夏がもうすぐそこまで迫っている中途半端に強い光の溢れる頃だった。まだ高校生だった僕らが、退屈な授業と毎日の部活動と、たまに現れるいざこざや恋なんかに一喜一憂して、同じ格好に身を包みながら同じリズムを繰り返している頃。君はいつも窓辺の席で、黄色いスニーカーを履いた足を緩く伸ばしてはぼんやりと外を見ていた。地味な制服には不釣り合いに鮮やかな黄色。少し癖のある髪が風に揺れて、眠そうな横顔を

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20161130からの手紙

20161130からの手紙

今年は冬が来るのが遅い。
秋から冬へのグラデーションはひどく曖昧で、冬を知るきっかけなんていうのはひどく些細なものばかりだ。吸い込む空気に痛みを覚えるようになった瞬間、吐き出す息が白くなった瞬間、グレーがかった世界に寂しさ以外の何かが混じった瞬間、夜の密度が上がったことに気づく瞬間、誰かと誰かが身を寄せ合って、楽しそうに笑う瞬間。

瑣末なこと、だろうか。
君が生きていることや、僕が生き続けている

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花緑青

花緑青

躊躇わず齢五つで「しぬこと」が怖いと書いた手に緑青の
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まずは現実を受け止めるというところから全てが始まるというのなら、わたしたちが最初に知るべきは死ということではなかろうか。生命は須らく死に向かう。ならばそれを見つめず何を知ることができようかと、ふと思う。

人間として生命としての大元のそれらを意識的に受け止めるということを、わたしたちは日頃行わなさすぎる。それらを視界の隅に遣り、生きること生

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スロウ

スロウ

夜の匂いを吸い込みながら、腕時計の秒針と心音の類似性について考えていた。
眼帯でふさがれた片方の目は、真白なものを見ているはずなのに何にも見えない。清潔なシーツと、新品のガーゼに包帯。ぴんとしたものを身につけると、ほんの少しの自尊心をくすぐられるから不思議だ。
新しいパジャマを着ると違った自分になれたみたいな気持ちになる。知らないベッドで、真新しいパジャマに袖を通す瞬間。それが一番きれいな自分で居

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白昼夢

白昼夢

もう二度と会えない人がいる。
いつか交わした言葉を思い出せずにいたわたしの夢の中で、彼女が手を振ってこういった。「うそつき」。笑っていたようにも思うし、怒っていたようにも思う。わたしは彼女に何か嘘を吐いていたんだっけ。思い出そうにも、今となってはもう白い薄靄のかかった記憶ばかりが浮かぶ。

彼女のことを、忘れかけている。
最後に会ったときの彼女はどことなく疲れているようだった。昔からそんな感じの、

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四角い箱の真ん中のまんまるな夜の隅っこで

四角い箱の真ん中のまんまるな夜の隅っこで

誰もいない夜の道路が好きだ。真ん中を歩くと、時間が止まっているような気がする。

わたしは人生の真ん中にいた。ビジューつきのハイヒール。腐るほどに長い駅のホーム。点字ブロックに引っ掛かってガラガラとキャスターが鳴く度に死にたくなった。もう全部を投げ出して、ここから消えてしまえたらよかったのにと、そう願うわたしは夜の隅っこにいる。

———
いつかのわたしのスマホメモから。安易な希望をつけたして。

欠片

欠片

空と海って似てるね。
とろむ空に、さっきまでなかった小さな光をみつけて、
一番星をみつけて、思わず泣いた。

豆電球の灯りみたいな光の粒にどうしようもなく泣けてくる。
長くなった煙草の灰がぽたりと落ちた。

———
2016.06.14 スマートフォンのメモより
明け方だったのか、真夜中だったのか。と思ったら19:44だった。