ブックレビュー ロバート・マッキー著『ストーリー』(8)第3部 ストーリー設計の原則 契機事件
『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』のレビュー第九回を投稿します。
(各回をまとめたマガジンはこちらです。)
※ こちらのレビューは、非常に内容が濃い本書を私なりにまとめた「概要」です。
興味をお持ちになった方は、ご購入の上、本レビューを副読本的にお読みになることをお勧めします。
第3部 ストーリー設計の原則
8 契機事件
この「契機事件」がストーリーにおいてどのような働きをするかを理解するために、まずは「契機事件が起こる物理的、社会的な世界」=「設定」について考える必要があると著者は述べています。
【ストーリーの世界】
独創的なストーリーを描くべく「設定」を組み立てていく際には、少なくとも以下の問いについて考えなくてはならない、と著者は言います。
登場人物が働いているシーンがほとんど出て来ない作品だとしても、「この人物は通常、24時間をどのように過ごしているか」をイメージしていなくては、脚本家は登場人物の内面をつかみ取ることができません。
そのため、登場人物がどのように生計を立てているのかを考える必要があるわけです。
著者が言わんとしているのは、登場人物の政治的思想が右寄りなのか、左寄りなのか?といったことではありません。
「この人物が生きる世界の権力構造を明確にする」ということです。
例えば、ある家庭を描くとするならば、その家で最も権力を握っているのは父か、母か? 親が不在の時は、誰に権力が移るのか?…といったことを考えるのが重要、というわけです。
私たちは食事や睡眠の取り方、休日の過ごし方等、あらゆる行為に「約束事」(いつもの習慣)を作っています。
同様に、登場人物もさまざまな「約束事」のなかで生きているはずです。
登場人物にとって何がなにが善であり、何が悪であるか?
何を価値あるものと考えて生きているか?といったことも、想定しておくべき重要な要素です。
ジャンルに関しては、こちらの章で、詳しく解説されています。
仮に、ストーリーの始まりの時点で登場人物が老人であったとしても、登場人物には「それ以前の人生」が存在しています。
「その人物が生まれてから、ストーリーが始まるまで」の生きざまを考える、ということです。
ここで言う「バックストーリー」は、一つ上の問いかけにある「生い立ち」とは別のものです。
「登場人物の過去に起こった重要な出来事の一部であり、それを用いてストーリーを進展させていくもの」が、著者の言う「バックストーリー」です。
例えば、一つのストーリーの中に考え方が同じ人物が二人存在しているなら、二人を合わせて一人にするか、どちらかを消すという対処をすべきだと著者は言います。
ストーリーにおいては「対立」「葛藤」が重要であり、同じ反応をする人物が二人いても、「対立」「葛藤」は生まれないからです。
【作家であること】
著者は「信憑性」の重要さを強く訴えた上で、「信憑性とは現実を指すわけではない」と明言しています。
例えば、現実にはあり得ないような世界を描いたファンタジー作品に対しても、私たちは信憑性を感じる場合があります。
宇宙船内の居住空間は、まるで大型トラックの運転台のように描写されており、乗組員たちもトラック運転手を思わせるような会話を交わしています。
それによって観客はこの物語に信憑性を感じ、身を委ねるのだと著者は言うのです。
このようにしてストーリーの信憑性を築いていくことで、作者の個性が芽生えていくのだと著者は言います。
個性は奇をてらって得られるものではなく、意図的に確立するものでもないというのです。
【契機事件】
契機事件に”ならない”出来事として、著者は以下の例を挙げています。
さらに著者は、「契機事件としての条件が満たされている出来事」として、以下の例を挙げています。
これらの例を挙げた上で著者は、「契機事件」のポイントを以下のようにまとめています。
【ストーリーの脊柱】
例えば007シリーズの脊柱は「悪党を倒すこと」であり、『クライング・ゲーム』ならば「愛し愛されたい」という主人公の欲求が(当人はそれを意識していないが)脊柱というになります。
【探究】
主人公の「欲求の対象」を見きわめることで、自分が書こうとしているストーリーの「探究」の形が理解できる、と著者は言います。
『月の輝く夜に』の主人公の欲求は「だれかを愛したい」。
『ビッグ』ならば、「大きくなる」。
『ジョーズ』ならば、「人を襲うサメからの身の安全」。
……といった具合です。
主人公の心をのぞきこみ、欲求を見つけ出すことで、「契機事件」からはじまる「探究の旅」が見えてくるというわけです。
【契機事件の設計】
その理由として、著者は以下の二つ挙げています。
『ジョーズ』を例にとれば、「これからどんな展開になる?」という疑問は、「署長がサメを退治するのか、サメが署長を殺すのか」ということ。
「必須シーン(重大局面)」は、「サメと署長の直接対決」ということになります。
「必須シーン」にどうたどり着くのか、結果がどうなるのかは観客にはわかりませんが、「契機事件」を目撃することで、自然と「必須シーン」への期待が生まれます。
脚本家はその期待に応えて、クライマックスシーンでサメと署長の死闘を描かなくてはなりません。
【契機事件の配置】
例えば2時間の映画であれば、メインプロットの契機事件は最初の30分までに置く、ということになります。
『波止場』のように、開始後2分も経たないうちに契機事件(主人公がギャングの一味を助けたために、友人が殺される)が起きる作品もあれば、『ロッキー』のように開始から30分後に「ロッキーがアポロとの世界タイトルマッチに応じる」という契機事件が起きる場合もあります。
『ロッキー』では、メインプロットの契機事件が起きるまでの30分の間、サブプロットである「ロッキーとエイドリアンとの不器用な恋」で観客を引きつけます。
なぜこのような構成になっているのかを、著者は以下のように解説しています。
さらに著者は、契機事件の「配置」に関して、以下のような注意も促しています。
【契機事件の性質】
これらの性質を具えていれば、見た目には些細な出来事(例えば、ある女性が主人公を見つめてくる、といった一瞬のしぐさ)であっても、契機事件になり得るのだと著者は言います。
【契機事件の創作】
メインプロットの契機事件の創作は、最終幕のクライマックスの創作に次いで難しい、と著者は言います。
そんな契機事件を描く手助けとして、脚本家は自らに、次のような問いかけをしてはどうか?と著者は提案しています。
例えば『クレイマー、クレイマー』ならば、「仕事人間の主人公と幼い息子を置いて妻が出て行ったこと」が最悪の事態。
「愛される人間になりたいという主人公の無意識の欲求を満たすには、息子と二人で暮らすという荒療治が必要だった」というのが最高の結末です。
『ゴッドファーザー PARTⅡ』における「最高の事態」は、「ファミリーのドンとなったマイケルが、ファミリーを合法的な世界へ導く決断をすること」。
「最悪の結果」は、「マフィアの忠実の掟に従わせる冷酷さゆえに、長年の仲間たちを殺害し、妻と子供たちとは疎遠になり、実の兄までも始末し、マイケルは孤独な男になり果てる」ということです。
☆「第3部ストーリー設計の原則 9 幕の設計」に続く
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※このブックレビュー全体の目次は以下の通りです。
第1部 脚本家とストーリーの技術
(1)ストーリーの問題
第2部 ストーリーの諸要素
(2)構成の概略
(3)構成と設定
(4)構成とジャンル
(5)構成と登場人物
(6)構成と意味
第3部 ストーリー設計の原則
(7)前半 ストーリーの本質
(7)後半 ストーリーの本質
(8)契機事件
(9)幕の設計
(10)シーンの設計
(11)シーンの分析
(12)編成
(13)重大局面、クライマックス、解決
第4部 脚本の執筆
(14)敵対する力の原則
(15)明瞭化
(16)前半 問題と解決策
(16)後半 問題と解決策
(17)登場人物
(18)ことばの選択
(19)脚本家の創作術
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