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ブックレビュー ロバート・マッキー著『ストーリー』(6)第2部 ストーリーの諸要素 構成と意味

『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』のレビュー第六回を投稿します。
(各回をまとめたマガジンはこちらです。)

※ こちらのレビューは、非常に内容が濃い本書を私なりにまとめた「概要」です。
興味をお持ちになった方は、ご購入の上、本レビューを副読本的にお読みになることをお勧めします。

第2部 ストーリーの諸要素
6 構成と意味

【美的感情】

本章の冒頭で著者のロバート・マッキーは、「ストーリーからでなければ得ることができない」という「美的感情」について解説をしています。
以下、長い引用になりますが、まずはお読みください。

アリストテレスはストーリーと意味の問題を考えたとき、このように問いかけた。
街で少年の死体を目にしたときの反応と、ホメロスの叙事詩で死について読むときや、劇場で死の場面を目にするときの反応がちがうのはなぜだろうか。
それは人生において、理性と感性は別物だからだ。
思考と感情は人間のなかの異なる領域で働き、調和することはまれで、たいがい対立する。
実生活において、街で少年の死体を見たら、感情が激しく揺さぶられる。
「大変だ、死体だ!」
恐怖のあまり、その場から走り去ることもあるだろう。
時間が経って落ち着いてから、その見知らぬ少年の死について思いをめぐらし、いつか訪れるみずからの死や、死の影につきまとわれる生について考えることもあるだろう。
こうして深く考えることによって、自分のなかで何かが変わり、つぎに死と向き合ったときにはもっと思慮深い反応ができるかもしれない。
(P137より引用)

思考と感情というふたつの領域は互いに影響し合うが、変化はまず一方に起こり、それからもう一方に起こる。
実際の人生においては、両者が融合する瞬間などほとんどなく、あるとしたら神秘的体験とさえ感じられるだろう。
だが、人生が感情から意味を切り離すものであるのに対して、芸術はそのふたつを結びつける。
ストーリーは、こうした神秘の瞬間を意のままに作り出すことができる。
この現象は「美的感情」と呼ばれる。(P138より引用)

感情の変化に観念がともなうと、いっそう力強く、いっそう深く、いっそう忘れがたいものになる。
街で少年の死体を見た日のことは忘れても、ハムレットの死は一生心に残る。
芸術の導きがなければ、人は混乱と混沌のなかで生きていくしかないが、美的感情は知識と感覚を調和させ、現実世界での居場所を確実に意識させる。
つまるところ、すぐれたストーリーは人生からは得られないものを与えてくれる。
それは意味のある感情的経験である。
人生において、経験が意味を持つのは、後日振り返ったときである。芸術では、経験した瞬間に意味を持つ。(P138より引用)

思考と感情が結びついた「美的感情」は、実際の人生からでさえ得ることができない。
なぜ得られないかと言えば、実人生においては、思考と感情の変化のタイミングに”ずれ”が生じて、融合することがないから。
だが、すぐれたストーリーに触れるとき、人の思考と感情は融合し、「経験をした瞬間に意味が生まれる」というわけです。

【前提】【統制概念】

創作の作業はふたつの基本的なアイディアから成り立っている。
ひとつは「前提」であり、これは作家がストーリーを創作しようという欲求を喚起する。
一方「統制概念」はストーリーの究極の意味であり、最終幕のクライマックスでアクションと美的感情によって具体化される。(P139より引用)

ここでいう「前提」とは、
「もしもサメがビーチリゾートに現れて、休暇を楽しむ人々を襲撃したらどうなるだろう(『ジョーズ』)」
といった問いかけであったり、日常生活内や創作活動中に得たひらめきや直感を指します。
「前提」に関して、著者は以下の点に注意するようにと述べています。

忘れてはいけないのは、書くきっかけになった物事を作中に残しておく必要はないということだ。
前提そのものは特に貴重ではない。
作品の進行にかかわるなら残してよいが、ストーリーが方向を変えたなら、最初の着想は捨てて、進化するストーリーを追うべきだ。
大切なのは書きはじめることではなく、書き続けることであり、新たなひらめきを取り込むことだ。
行き着く先はたいていわからない。書くことは発見である。
(P140より引用)

また、著者が「ストーリーの究極の意味」だと述べる「統制概念」については、以下のように定義づけています。

統制概念はひとつの文で表現できるものであり、冒頭の状況から最後の状況へ、人生がどんな理由でどのように変化するかを表す。(P143より引用)

例えば『スピード』や『羊たちの沈黙』の「統制概念」は、
「主人公が粘り強く、すぐれた戦略と勇気の持ち主なので、正義が勝利する」

となる、と著者は述べています。
この例ではストーリーの最後で「プラスの基本概念」(正義)が勝利しますが、反対に「マイナスの対立概念」が勝利するストーリーも存在します。
例えば『セブン』、『チャイナタウン』などの場合で、「統制概念」は、
「敵は圧倒的に無慈悲で狡猾なので、悪が勝利する」

となります。


【基本概念と対立概念】

かつてパディ・チャイエフスキーがこんなことを話していた。
自分のストーリーの意味を最終的に突き止めたら、それを書きつけたメモをタイプライターに貼りつけ、書くものすべてが中心的テーマとなんらかのかかわりを持つように心がけたという。
ストーリーを動かす価値要素と原因を目につくところに貼っておくことで、無関係なことに気を散らされることなく、中心的テーマに沿ってストーリーをまとめることができたわけだ。(P146より引用)

重大な価値要素のあり方がプラスとマイナスのあいだをダイナミックに行き来することによって、ストーリーが進展する。(P147より引用)

結末で「プラスの基本概念」と「マイナスの対立概念」のどちらが勝利するにしても、ストーリーの流れの中では、行きつもどりつしながら、優勢を競って戦いが続くことが重要です。
仮に「プラスの基本概念」ばかりを優勢に描くと、ストーリーに真実味がなくなって説教じみてしまい、教訓主義に陥る、と著者は述べています。

すぐれた脚本家は柔軟な心を持ち、異なる視点から物事を見ることができる。
プラスの面、マイナスの面、そしてさまざまな矛盾をすべて理解し、それらの意見にひそむ真実を誠実に力強く探し求める。
こうしてすべてを知ることによって、独創性と想像力と洞察力がさらに増していく。
最終的には、あらゆる問題を秤にかけて、すべてに向き合ったうえで、自分が深く信じるものを表現する。(P150より引用)

すぐれた作品は生きた隠喩であり、「人生はこういうものだ」と示す。
時を超えて、古典の名作が与えてくれるのは、解決策ではなく洞察力であり、答えではなく詩的感性である。
古典は、あらゆる世代が人間らしくあるために解決すべき問題を明らかにする。(P151より引用)


【悲観、楽観、そして二面性のアイロニー】

脚本家が生み出すストーリーは、統制概念がプラスかマイナスかによって、次の三つに分類できる、と著者は言います。

楽観的な統制概念
例:
『ハンナとその姉妹』
統制概念「知的幻想に打ち勝って本能に従うとき、人生は愛に満ちたものになる」

『イーストウィックの魔女たち』
統制概念「悪を出し抜いたとき、善が勝利する」

悲観的な統制概念
例:
『ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー』
統制概念「快楽の対象として他人を利用すると、情熱が暴力へと姿を変え、人生を破滅させる」

『チャイナタウン』
統制概念「悪は人間の本質の一部なので、悪が勝利をおさめる」

二面的な統制概念
例:
『アニー・ホール』
統制概念「愛とは喜びと悲しみの両方であり、激しい苦悩とやさしい残酷さをともなうが、それでも人が愛を求めるのは、愛なき人生には意味がないからだ」

【意味と社会】

紀元前三八八年、プラトンはアテネの有力者たちに対して、詩人と作家をすべて追放するよう促した。
社会にとって脅威だから、というのが彼の主張だった。
作家が考えを表現するときは、哲学者のように開かれた論理的な形ではなく、芸術という人を惑わすものに隠して感情へ訴えかける。
(中略)
ストーリーの説得力はあまりにも大きく、たとえ不道徳と思えるものでも、その意味を信じ込ませる可能性がある。(P159より引用)

理屈ではなく、感情を動かす「ストーリー」には、プラトンのような権威ある人物をこれほど恐れさせるほどの力があるのだと著者は述べています。
そして本章の最後では、「芸術家の社会的責任」に関して、次のように述べています。

われわれ作家には社会悪を是正したり、人類愛を取りもどしたり、社会の精神を高揚させたりする責任はないとわたしは考えている。
自分の内面を表現する必要すらない。
われわれの責任はただひとつ、真実を伝えることだけだ。
(中略)
自問してもらいたい――これは真実だろうか、このストーリーを自分は心から信じているのか、と。
答えがノーなら、一から書き直す必要がある。(P160より引用)

「このストーリーを自分は心から信じているのか?」をチェックする方法については、以前、私なりの方法をnoteに投稿したことがあります。
よろしければ、参考になさってください。


☆「第3部ストーリー設計の原則 7ストーリーの本質 前半」に続く

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脚本、小説のオンラインコンサルを行っていますので、よろしければ。

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※このブックレビュー全体の目次は以下の通りです。
第1部 脚本家とストーリーの技術
(1)ストーリーの問題

第2部 ストーリーの諸要素
(2)構成の概略
(3)構成と設定
(4)構成とジャンル
(5)構成と登場人物
(6)構成と意味

第3部 ストーリー設計の原則
(7)前半 ストーリーの本質
(7)後半 ストーリーの本質
(8)契機事件
(9)幕の設計
(10)シーンの設計
(11)シーンの分析
(12)編成
(13)重大局面、クライマックス、解決

第4部 脚本の執筆
(14)敵対する力の原則
(15)明瞭化
(16)前半 問題と解決策
(16)後半 問題と解決策
(17)登場人物
(18)ことばの選択
(19)脚本家の創作術

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